AIと酵素が切り拓く「プラスチック分解の革命」

— 北京塑新科技の挑戦とそのインパクト —

いま世界で起きていること

海洋や都市を埋め尽くすペットボトルやプラスチック容器。これらの主成分であるPET(ポリエチレンテレフタレート)は、自然界では数百年ものあいだ分解されないとされています。そのため、世界中で毎年数千万トン規模のPETが蓄積し、マイクロプラスチックとして生態系や人間の健康に深刻な影響を及ぼしています。

従来のリサイクル手法は「機械的リサイクル」か「化学的リサイクル」でした。前者は粉砕・溶融して再利用する方式ですが、不純物が混ざり品質が低下しやすい。後者は化学薬品や高温・高圧でPETを分解しますが、大量のエネルギーを消費し、コストも高いという課題がありました。つまり、環境にも経済にも“持続可能”とは言い難かったのです。


そこに登場した「AI × 酵素」

ここ数年、世界の研究機関や企業が注目しているのが酵素リサイクルです。自然界の微生物が持つ分解酵素を改良し、PETを分子レベルまで分解する方法です。

たとえばフランスのCarbiosは、改良した酵素で10〜24時間のうちに90〜97%のPETを分解できる成果を発表しました。これは「数百年」かかる自然分解を「1日以内」に短縮したことを意味します。すでに欧州では商用プラント計画も進んでいます。

そして2025年、中国・北京で設立された新興企業**北京塑新科技有限公司(Beijing Suxin Technology)**が、この分野に新たな旋風を巻き起こしました。


北京塑新科技の革新性

塑新科技は2025年9月、数千万元規模の資金調達を発表しました【36Kr】。同社の技術の肝は、AIを用いた酵素設計にあります。従来は「膨大な候補酵素を一つひとつ実験」するしかなかったのに対し、AIが膨大な構造データを解析し、分解効率の高い変異酵素を予測・最適化することが可能になったのです。

さらに、同社は耐酸性PET酵素熱固性ポリウレタンを直接分解できる酵素など、産業現場で使いやすい特徴を持つ酵素の開発に成功したと主張しています。すでに年産1,000トンのパイロットラインを稼働させ、2025年末には年産1万トンの産業ラインを稼働させる計画を明言しています【36Kr英語版】。


どれほどのインパクトか?

この技術革新のインパクトは、単に「早く分解できるようになった」というレベルを超えています。

  • 自然分解:数百年
  • 従来の化学リサイクル:数時間〜数日、高コスト・低品質
  • AI × 酵素リサイクル(国際先行例):10〜24時間で90%以上分解
  • 塑新科技の挑戦:AIで酵素探索を加速 → 工業スケールで「1日未満で分解し、純度の高い原料を回収」する実用化を目指す段階へ

つまり、「数百年かかっていたものが、産業規模で“1日以内”に分解可能になる」というオーダーの転換が起きようとしています。

この変化は、環境面だけでなく経済面にも大きな意味を持ちます。再生PETが石油由来のバージンPETよりも安価で供給できるようになれば、企業は自発的にリサイクル材を選ぶようになります。これは、EUの再生材義務化や国連のプラスチック条約交渉、中国の「十四五」プラスチック対策とも合致し、世界的な循環経済の転換点となり得ます。


まだ残された課題

ただし注意すべきは、塑新科技が「数時間で95%」といった定量的成果を公式に公表していない点です。現段階では「産業ライン計画」「コスト低減目標」といった方針が中心であり、実際の分解速度・回収率の実測データは今後の公表待ちです。

それでも、研究室レベルの成果にとどまっていた酵素リサイクルが、AIの力を借りて商業化フェーズに進もうとしていること自体が大きなニュースです。


結論

北京塑新科技の取り組みは、「プラスチックが数百年も残り続ける」という常識を覆し、持続可能なプラスチック経済を実現する可能性を示しています。もし同社が掲げる計画どおり2025年末に1万トン規模の産業ラインを稼働できれば、これは中国発のイノベーションとして世界的に注目されるでしょう。

インパクトを一言で表すならば、
「数百年の時間を、AIが“1日に縮めた”」
——この飛躍が、環境と経済の双方に与える波及効果は計り知れません。


🔗 参考URL(エビデンス)

\ 最新情報をチェック /