ハンチントン病治療の歴史を変える可能性
英国を中心に実施された遺伝子治療試験
1. 従来の治療と限界
ハンチントン病は遺伝性の神経変性疾患で、主に40代以降に発症し、運動障害・認知機能低下・精神症状が進行します。発症後は10〜20年で重度の障害に至り、これまでの治療は運動症状や精神症状を和らげる対症療法しかありませんでした。病気そのものの進行を止めたり遅らせる薬は存在せず、世界中で長年の課題でした。
2. 今回の試験の核心
2025年9月24日、英国のUCL(ロンドン大学)、UCL病院、カーディフ大学病院などが参加する国際共同試験で、バイオ企業uniQureの開発する一回投与型遺伝子治療「AMT-130」が、第I/II相試験で病気の進行を36か月間にわたり平均75%抑制したと発表されました。
この治療は、脳の深部に直接ベクター(運搬役)を注入する外科手術を一度行い、その後は薬を追加する必要がない点が特徴です。
3. 従来と異なるトレンド:根本に迫る「原因遺伝子」への直接介入
これまでの治療は主に神経細胞のダメージが起きた後に症状を抑える対症療法でした。
今回の治療は病気の原因となる変異HTT遺伝子の働きを抑えるため、病気の根本にアプローチします。
- 方法はCRISPR/Cas9のようにゲノムを切断して編集するのではなく、AAV5ベクターで運ばれた人工マイクロRNAが、神経細胞内でHTT遺伝子のメッセンジャーRNAを分解し、有害なたんぱく質の産生を減らします。
- つまり遺伝子のスイッチを恒久的に弱めることで進行を抑える「遺伝子サイレンシング療法」です。
根本原因への働きかけが、従来との最大の違いです。
4. 画期的と評価される理由
- 初めて疾患進行そのものを遅らせた可能性
症状を和らげる治療ではなく、病気の進行スピードを変える成果を示したのは初めてです。 - 長期効果が期待される一回投与
従来の薬は毎日服用や定期的注射が必要でしたが、今回は一度の手術で効果が続く可能性があります。 - 神経変性疾患への応用の道
脳内へ直接遺伝子を届ける技術は他の神経変性疾患にも応用され得るため、次世代治療の道を拓いたと期待されています。
5. 世界のメディアの見方
報道は概ね「歴史的前進」と「慎重な期待」の二つのトーンに分かれました。
- 希望を強調する報道
イギリスのGuardianは「初めて成功した治療」と見出しを付け、75%の進行抑制を強調。患者や家族への希望を伝えました。フランスのTF1やEuronewsも、長年治療法がなかった病気に初めて希望が見えたと報じています。 - 期待と慎重さを併記する報道
NatureやBMJ、米国のSTATやReutersは、進行抑制という結果を評価しつつも、試験は患者数が少なく、外部対照(Enroll-HDという観察研究のデータ)を用いた点に限界があり、まだ承認には至っていないと冷静に解説しました。 - 経済・産業面からの注目
MarketWatchなどは株価の急騰や、手術に必要な機器を提供する関連企業の動向に注目。実用化に向けた製造・供給体制や価格、医療システムへの負担も議論されています。
6. 今後の課題と見通し
- 今回は29人を中心とする小規模試験であり、まだ査読論文は出ていません。2025年10月の国際学会で詳細発表予定です。
- 投与には長時間の脳神経外科手術が必要で、普及には手術体制の拡充とデバイス供給が不可欠です。
- 企業は2026年第1四半期に米国FDAへ承認申請を予定していますが、安全性・効果・費用対効果を含めた審査が待たれます。
7. トレンドの転換点
これまで神経変性疾患は「症状を緩和するだけの慢性管理型医療」でした。今回の成果は、病気の原因に介入して進行そのものを変える「疾患修飾型医療」への転換を示す重要な兆しです。
これは単なる新薬の登場ではなく、脳疾患に対する遺伝子治療時代の到来を告げる画期的な出来事といえます。
参考URL
uniQureプレスリリース(2025年9月24日)
https://uniqure.gcs-web.com/news-releases/news-release-details/uniqure-announces-positive-topline-results-pivotal-phase-iii
UCL公式ニュース
https://www.ucl.ac.uk/news/2025/sep/gene-therapy-appears-slow-huntingtons-disease-progression
ClinicalTrials.gov NCT04120493
https://www.clinicaltrials.gov/study/NCT04120493
Nature News
https://www.nature.com/articles/d41586-025-03139-9
BMJ解説
https://www.bmj.com/content/390/bmj.r2029
Science(AAAS)ニュース
https://www.science.org/content/article/first-gene-therapy-seems-slow-huntington-disease
The Telegraph
https://www.telegraph.co.uk/news/2025/09/24/huntingtons-disease-treated-for-first-time/
STAT News
https://www.statnews.com/2025/09/24/huntingtons-gene-therapy-uniqure/
Euronews(スペイン語)
https://es.euronews.com/salud/2025/09/29/la-terapia-genetica-experimental-ralentiza-el-huntington-por-primera-vez
HDBuzz(患者向け解説)
https://en.hdbuzz.net/the-first-domino-falls-amt-130-gene-therapy-slows-huntingtons-in-landmark-trial/