「残業は月45時間まで」という20年来の行政指導の前提が崩れる——厚労省が9月から一律指導をやめ、36協定の健康確保措置の実施状況を重点確認へ

87
総合スコア
インパクト
18
新規性
18
未注目度
10
衝撃度
22
証拠強度
9
実現性
10

情報源:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA195440Z10C26A8000000/
収集日:2026年8月21日
スコア:インパクト18 / 新規性18 / 注目度10 / 衝撃度22 / 根拠9 / 実現性10 = 87点

変化の核心:「月45時間」という行政が示した事実上の上限が労使の交渉と現場運用を規定してきた前提が崩れ、企業が自ら設計した健康確保措置の実効性が行政の評価軸になる。

概要

厚生労働省は2026年8月19日、労働基準監督署による時間外労働の指導方針を9月から変更する方針を明らかにした。これまでは36協定で月100時間まで結んでいる企業に対しても、労基署が一律に「月45時間以内に抑えるように」と指導してきたが、この一律の数値指導をやめる。代わりに、各企業が36協定で自ら定めた健康確保措置——医師による面接指導、勤務間インターバル、代償休日の付与など——が実際に実施されているかを重点的に確認する運用へ切り替える。あわせて全国に36協定の締結手続きを支援する相談窓口を設置する。数値の一律適用から実態に即した個別判断への転換であり、企業の労務管理の設計思想そのものに関わる変更である。

何が新しいか

新しいのは、行政の評価軸が「時間の長さ」から「保護措置の実効性」へ移ったことだ。月45時間は労働基準法の原則的な上限として法文に書かれた数字だが、特別条項を結べば例外的に超えられる。これまで労基署は特別条項の有無にかかわらず45時間を目安に指導し、事実上の全社共通の天井として機能させてきた。今回の変更で、企業が自ら協定に書き込んだ健康確保措置が守られているかどうかが検査の焦点になる。つまり企業は、時間を短くすることではなく、自ら約束した保護の仕組みを回すことで行政に説明責任を果たす形へ変わる。労務管理が「時間の管理」から「健康リスクの管理」へと再定義されたと言ってよい。

なぜまだ注目されていないか

この変更が話題になりにくいのは、一見すると規制緩和にも規制強化にも読めるためだ。長時間労働の是正が社会的な合意になっている時期に「一律指導をやめる」と聞けば後退に見えるが、実際には健康確保措置の実施状況という新たな検査項目が加わる。この両義性がメディアの見出しを作りにくくしている。加えて、変更されるのは法律ではなく行政の運用方針であり、官報や法改正のニュースサイクルに乗らない。実務上の影響が大きいのは人事労務の担当者だが、その層は9月の運用開始まで具体的な通達を待っている段階で、議論が表面化していない。

実現性の根拠

運用変更の実現性は高い。法改正を伴わず、労働基準監督署の指導方針という行政内部の運用で完結するため、国会審議も政省令改正も不要である。健康確保措置は36協定の特別条項に記載が義務づけられている項目なので、検査対象となる情報はすでに行政の手元にある。また、勤務間インターバル制度や産業医面接は労働安全衛生法の枠組みで整備が進んでおり、確認の手順を新たに作り出す必要がない。相談窓口の設置も既存の労働基準監督署のネットワークに載せられる。制度的な摩擦がほとんどない設計になっている点が、9月からの即時施行を可能にしている。

構造分析

影響は三方向に及ぶ。第一に企業側では、36協定の記載内容が実質的な自主規制の宣言になるため、協定の設計そのものが経営判断になる。書き込んだ措置は実施しなければ指摘対象になるので、実行可能な措置だけを慎重に選ぶ動きと、逆に見栄えの良い措置を書いて運用が追いつかない企業の二極化が起きる。第二に労使関係では、交渉の焦点が上限時間の数字から保護措置の中身へ移り、労働組合には健康管理の専門性が求められる。第三に業界構造では、繁忙期に長時間労働が集中する建設、運輸、医療などで、時間ではなく休息の設計で対応する余地が生まれ、業種ごとの労務モデルの分化が進む。

トレンド化シナリオ

今後1〜3年の展開はこう予想される。2026年度後半には、9月からの運用に対応するための36協定の見直しが人事部門の実務課題として浮上し、社会保険労務士やHRテック各社が健康確保措置の記録と可視化を売り物にしたサービスを投入する。2027年にかけては、勤務間インターバルの導入率が指標として重視されるようになり、現在は努力義務にとどまるこの制度が事実上の必須要件へ格上げされていく。同時に、実施状況を証明できない企業への指導事例が積み上がり、記録の残し方が新たな争点になる。長期的には、労働時間規制が「一律の上限」から「企業ごとの健康リスク管理計画」を行政が監査するモデルへ移行し、日本の労務管理は欧州型の安全衛生アプローチに接近していく。

情報源

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA195440Z10C26A8000000/

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