ブラジルのデジタル通貨「DREX」が示す未来


国家がつくる新しいお金は、何を変えようとしているのか

国家が動かす「デジタル通貨」の実験

ブラジルでは今、中央銀行が主導して「DREX(ドレックス)」というデジタル通貨のプロジェクトが進められています。
これは、民間の仮想通貨や電子マネーとは違い、国が正式に発行するデジタル版のレアル(ブラジル通貨)です。

ブラジル中央銀行は2025年3月に、DREXのパイロット実験の第1段階が完了したと発表しました。
この段階では、「お金を送る」ことよりも、「取引や契約を自動で実行する」ことに重点を置いた実験が行われました。

例えば、家を購入したときに、支払いと同時に所有権の移転や税金の支払いが自動で完了する。
国債を買うと、代金の支払いと同時にその証券の所有権が移る。
農産物の輸出では、売り手と買い手の間で、瞬時に安全に代金が決済される。

こうした「お金と契約が一体化した決済」が現実に可能かどうかを、国家レベルで検証しているのです。


DREXの仕組みと狙い

DREXは、まず銀行や企業など大口取引を対象としたホールセール型(銀行間で使うタイプ)として設計されています。
中央銀行が発行するデジタルマネーを、銀行間でやり取りし、その上に銀行が「デジタル預金」として利用者にサービスを提供する構想です。

すでにブラジルでは、国民の9割近くが利用する即時送金システム「Pix(ピックス)」が普及しています。
DREXはこのPixと連携する設計になっており、単に「お金を送る仕組み」ではなく、「お金そのものをデジタル化し、プログラムできるようにする」試みです。

この構想は、国がお金のあり方そのものを再設計する挑戦といえます。


進展状況

ブラジル中央銀行の公式報告によると、2025年3月までの実証では次のような内容が検証されました。

  • 国債のデジタル化:支払いと所有権移転を同時に行う実験
  • デジタル預金と中央銀行マネーの連携:銀行経由で使うためのテスト
  • 農業や貿易の金融決済:輸出入取引の自動決済を検証

また、プライバシー保護技術システムの処理速度サイバーセキュリティなどの技術課題も丁寧に確認されました。
報告では、今後「より現実に近い大規模なテスト」を続ける方針が示されています。


世界のメディアはどう見ているか

ブラジルのDREXは、世界の金融メディアからも注目されています。報道をいくつか見ていきましょう。

Ledger Insights

Ledger Insightsは、最近のブラジル中央銀行の説明資料から「ブロックチェーン」や「トークン化」という言葉が消えたことに注目し、
「当面は分散型ではなく、中央銀行が直接管理する安定的な仕組みで実用化を進める可能性が高い」と伝えています。

また、プライバシーを保ちながら金融取引を監視できる仕組みの実装が非常に難航しており、現実的な対応策として段階的導入を選択するだろうと分析しています。

Forbes Digital Assets

Forbesは、「ブラジルがブロックチェーン技術を一時的に見送る方向に傾いている」と報じました。
背景には、プライバシー保護技術の成熟度や法的整備が追いつかないという課題があると指摘しています。
ただし、これは正式な中央銀行の決定ではなく、現地の報道や関係者発言に基づく分析記事です。

Finadium

Finadiumは、「DREXは2026年の実用化を目指す中で、初期段階ではブロックチェーンのような分散技術を使わない中央型の設計を採用する可能性がある」と報じています。
これは、安全性と監督のしやすさを重視する、現実的なステップと評価されています。

The Brazilian Report

The Brazilian Reportは、「Pixの成功を土台に、国民生活に直結するデジタルマネーの構築を目指している」と報じ、
DREXが技術実験ではなく国家戦略の一部になっていることを強調しています。

BIS(国際決済銀行)

国際機関のBISも、DREXを「世界の中央銀行デジタル通貨のなかで最も進んだ事例の一つ」と評価しています。
特に、国家がお金の形そのものを再設計しようとしている点を高く評価しています。


何が画期的なのか

DREXが画期的なのは、「お金を送る」だけでなく、「お金が契約を自動で実行する」ことを可能にしようとしている点です。

たとえば、家を買うときに契約書を交わしてから振り込みを行うのではなく、
「支払い・登記・税金処理」がすべて同時に実行される仕組みが現実になります。
貿易でも、商品が届いた瞬間に自動で代金が支払われるようになります。

つまり、お金が考えて動く仕組みを国家レベルで実装しようとしているのです。
これにより、契約トラブルや支払い遅延が減り、経済全体のスピードと信頼性が大幅に向上すると期待されています。


現実的な課題とこれから

もちろん、課題も少なくありません。
プライバシー保護の技術はまだ完全ではなく、すべての取引をデジタル化することで、
監督当局がどこまで情報を見られるのかというバランスも問われます。

そのためブラジル中央銀行は、「まずは銀行間取引や国債など、リスクの低い領域から導入し、徐々に範囲を広げる」という慎重な戦略をとっています。

この「慎重な前進」は、同じようにCBDCを検討している他国にとっても貴重な事例になるでしょう。


考察:お金そのものを再設計する時代へ

ブラジルのDREXは、単なるデジタル版の通貨ではありません。
お金と契約、制度、そして信頼の仕組みを一体化させることで、社会の基盤そのものを再構築しようとしています。

この動きは、ブロックチェーンや仮想通貨の世界とは異なり、国家が責任を持って「デジタル経済のインフラ」を作り直す挑戦です。
日本や欧州がまだ議論段階にある中、ブラジルは実証と制度設計の両面で一歩先を進んでいます。

お金の形が変わるというより、お金が社会を動かす仕組みそのものになる。
DREXは、その未来を具体的に描き始めた最初の国家プロジェクトといえます。


出典一覧(一次情報・主要報道)

一次情報

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