米スタートアップが週72時間勤務を堂々と明記し始めた現実

はじめに
米国のAIスタートアップ界隈で、9時から21時まで働き、週6日という「996」スケジュールに類似する週72時間労働が、目に見える形で広がり始めています。これまでシリコンバレーは、リモート推奨や柔軟な働き方を象徴するエリアと捉えられてきました。しかし、イーロンマスクを始めとする一部巨大テック企業からの発信もあり、これらは正当化されつつあります。そして、生成AI競争が激化した現在、アーリーステージ企業を中心に「スピードこそ競争優位の源泉」という考えが強まり、労働集約型ハイパフォーマンス文化の復権が起きています。
単なる推測ではなく、実際に求人票に明記されている一次情報をもとに、この動きを検証します。また、その周囲で高まる批判や制度面の議論についても、報道の分析をもとに詳細に整理します。
一次情報より(原文引用)
1. Rilla(AIコマース)
Working ~70 hrs/week in person with some of the most ambitious people in NYC
一部求人で共通して70時間前後の勤務を明示
2. Corgi(AI保険)
New hires … are required to be in office 6 days a week.
6日出社を必須条件として記載
3. Sonia(AIカスタマー体験)
For the most part, we work 6–7 days a week in person in SF and are at the office 8–8 on weekdays.
平日12時間+週末稼働を明文化
4. Confident AI
Willingness to work 6 days a week in a high-impact startup environment.
複数ポジションで繰り返し記載
5. Asha Health(AIエージェント)
5 days per week in person but 6 days per week total.
実質6日勤務
6. AthenaHQ
Based in SF, in-person 6 days a week
出社6日が前提
実証サマリー
対象企業:AIスタートアップ6社(Rilla / Corgi / Sonia / Confident AI / Asha Health / AthenaHQ)
分類
- 6日勤務明記:5社
- 週70時間前後の明記:1社
- 平日12時間+週末稼働レベル:1社
求人段階でここまで明記するのは、労働慣行として定着しつつある兆候といえます。
報道関連
米国の複数の大手メディアは、この「長時間労働回帰」の背景を次のように指摘しています。
1 生成AI競争の短期化
特にAIエージェントや生成モデル領域では、市場の勝者が一気に寡占を築くため、起業家側に「いま走らなければ機会が消える」という切迫感があると報じられています。
競争圧力の強いプロダクトカテゴリでは、夜間や週末の稼働によってバージョンアップ頻度を最大化することが合理化されると言われています。
2 創業者層の支持とSNS発信の増加
WSJやIncによると、多くの創業者がSNS上で100時間近い勤務を武勇伝的に語り、
残業を超えて「自己実現」や「挑戦」の象徴として語る傾向があります。
これが若年エンジニアの憧れと共鳴し、人材獲得にもプラスに働くという分析です。
3 リモートから対面主義への反動
パンデミック後に生まれたAIスタートアップは、
対面の雑談や高速な意思決定を重視
する傾向にあり、その結果として
毎日出社 → 長時間常在
につながっています。
4 しかし同時に強い批判も
ワシントンポストやSUCCESS等は、以下のリスクを繰り返し強調
- 燃え尽き症候群
- 革新性・品質の低下
- 離職急増による組織脆弱化
中国の996の歴史では、社会・法規面での大きな反発が起きたことも、現実的な懸念として挙げられています。
報道群の総意として
「短期の速度は得られても、中長期では持続性を損なう可能性が高い」
という視点が目立ちます。
重要な注意点(強化版)
本調査で浮き彫りになった実務的リスクと留意点を整理します。
1 求人媒体と自社採用ページに乖離
- 外部求人媒体でのみ長時間労働を明記
- 自社サイトはカルチャー訴求中心で伏せる
採用ブランディングとの二重構造は、のちに透明性批判へつながりかねません。
2 法務コンプライアンスのグレーゾーン
米国では州により労働基準が異なるため
- みなし残業
- エクゼンプト(管理職扱い)
を拡大適用する形で実質的な「恒常的残業」を維持するケースもあります。
批判が高まれば法改正の対象になりうる領域です。
3 実態と記載が一致するとは限らない
Glassdoorなどでは
- 一部チームだけ過酷
- リリース前後のみ激務
- 口頭カルチャーが先行
などの声も見られ、経営者発信と現場が乖離しているリスクも認識が必要です。
4 長時間労働をカルチャーの中心に据える脆弱性
スケール段階で文化を転換できず
- 優秀人材の離脱
- 代替可能な若年人材の採用依存
に陥る危険性が複数専門家から指摘されています。
短期勝負に適しても、企業価値を高める「持続的イノベーション」には不利となる可能性があります。
総じて
スピードのための激務
が
持続性・創造性の阻害
に転じる複雑な構図が示唆されています。
まとめ
実証分析より、
米AIスタートアップ界隈では「週70〜72時間労働」を求人票に明記する企業が複数存在
することが確認できました。
しかし、報道は警告します
- 初期の急成長には寄与しても
- 持続性と働き手の幸福を犠牲にする可能性が高い
これは、シリコンバレーが長年築いてきた「自由で創造的な働き方」への逆行とも言えます。
次の問いが浮かびます
AIの未来をつくるのは
「超人化された労働時間」なのか
「創造性を守る制度設計」なのか
このトレンドは、働き方の未来そのものを問う現象と言えるでしょう。
参照情報(URL)
Rilla
https://www.ziprecruiter.com/c/Rilla/Job/Software-Engineer
https://www.ziprecruiter.com/c/Rilla/Job/Full-Stack-Engineer
https://www.linkedin.com/jobs/view/backend-engineer-at-rilla
https://www.rilla.io/careers
Corgi
https://www.workatastartup.com/jobs/67678
https://www.glassdoor.com/job-listing/software-engineer-corgi-JV_IC1147401_KO0,17_KE18,23.htm
Sonia
https://www.workatastartup.com/jobs/65348
Confident AI
https://www.workatastartup.com/jobs/64235
https://www.workatastartup.com/jobs/64236
Asha Health
https://www.workatastartup.com/jobs/66609
AthenaHQ
https://www.workatastartup.com/jobs/64618
Washington Post
https://www.washingtonpost.com/business/2025/10/20/ai-996-startups
SUCCESS
https://www.success.com/996-work-culture-us-startups
WSJ
https://www.wsj.com/business/entrepreneurship/artificial-intelligence-startup-founders-bc730406
WIRED
https://www.wired.com/story/silicon-valley-996-culture-ai-startups
TechCrunch
https://techcrunch.com/2025/10/22/cognition-ai-culture



