EUの2040年温室効果ガス90%削減合意

EUの2040年温室効果ガス90%削減合意

何がおこったか

2025年11月、EU環境相理事会は、欧州気候法の改正に向けて「2040年に1990年比で温室効果ガスを90%削減する」という中間目標について、理事会として合意しました。数値(90%)としてはインパクトのあるもので、2050年のカーボンニュートラル目標に向けた長期のマイルストーンを制度上明確にする動きで、COP30(ブラジル開催予定)を前に国際社会へ統一姿勢を示す狙いがあるようです。

この合意では、完全に域内の削減のみで達成する設計とはなっていません。域内削減を85%とし、最大5%分は国際クレジットと呼ばれる排出権の取得などによって補う仕組みが認められています。また建物や道路輸送を対象にした新しい排出取引制度については、開始時期や導入速度に柔軟性を持たせる余地が示され、加盟国ごとの社会的影響を緩和するための政治的配慮が含まれた結果となっています。

2035年についても66.25〜72.5%削減という指標レンジを設定することで、2030年と2040年の間を接続する政策の道筋が示されました。これにより、電力部門だけでなく、産業、交通、建物の各セクターを段階的に脱炭素化する工程の再設計が求められます。合意の背景には、再生可能エネルギーの導入拡大、送電網整備の遅れ、産業の競争力維持、農業部門の負担配分など、政策上の課題が山積していることがあります。

一方でEUは、現時点の排出削減進捗についても評価しています。欧州環境庁が公表した最新の分析では、2024年のEU域内の温室効果ガス排出は前年度比で2.5%減少したとされています。これは電力部門での再生可能エネルギー比率の上昇や、省エネ措置の進展が寄与したものです。排出取引制度の対象となっている部門ではさらに削減幅が大きく、対前年比5%減の速報も見られます。委員会は、この進捗水準で追加施策を強化すれば2030年の55%削減目標には総じて到達可能との評価を示しています。

ただし、今回の理事会合意は最終決定ではありません。今後は欧州議会との協議が行われ、条文上の最終的な数値設定、柔軟性条項の扱い、産業支援策の具体化などが調整されるとのことです。つまり今回の決定は「方向性と政治的意思を固めた段階」であり、各国の国内政策や投資が追いつかなければ、制度が形骸化するリスクも存在するということになります。

とは言うものの、総じてEUは、先導的な目標を掲げつつも、加盟国の多様性を踏まえた調整を織り込むことで、政策実装の現実性を確保しようとしている段階といえます。

他地域との比較

国際的な気候目標と比較すると、EUの2040年90%削減という数値は最も踏み込んだ水準の一つです。特に、法的拘束力を持つ欧州気候法への明記を目指している点は、政治的コミットメントとして強い意味を持ちます。

ちなみに他の地域・国の状況は以下になります。

英国は既に法定のカーボンバジェット制度により、2035年に1990年比78%削減を義務づけています。航空や海運など国際輸送まで含めた管理が進み、再生可能エネルギー普及と石炭火力の段階的廃止が強力に推進されています。EUと同様、長期と中期を結ぶ政策の連続性が高く評価されています。

米国は2030年に2005年比50〜52%削減を掲げています。これは法律ではなく国としての国連提出目標であり、連邦政府の政権交代や議会多数派が進捗を左右する側面があります。再生可能エネルギー投資を促すインフレ抑制法など政策の進展はあるものの、2040年の法定目標は設定されておらず、中期の制度的安定性という観点でEUに及びません。

オーストラリアは2035年に2005年比62〜70%削減を設定し、産業部門を対象とする排出削減仕組みの運用を進めています。カナダは2030年に40〜45%、2035年に45〜50%削減を掲げ、脱炭素電力網の整備を進めつつあります。しかし、いずれもEUのような2040年レベルの数値設定までは踏み込んでいません。

中国とインドは経済成長中の新興国であり、絶対量削減より排出ピークや強度の削減を中心とするアプローチを取っています。中国は2030年までに排出をピークアウトさせ、2060年のカーボンニュートラルを掲げていますが、石炭火力の新設承認が続いており、EUのペースとは大きく異なります。インドはエネルギー供給の安定や経済成長の実現を優先しつつ、発電構成の改善と省エネ推進による強度目標を掲げています。

このように地域差は大きいものの、先進国の中期的な目標提示ではEUと英国が突出しており、国際的にも高い基準として参照される状況が続いています。一方で、数値を掲げるだけでなく、政策実装能力や投資加速が伴うかが問われる段階に入っていると言えるでしょう。

報道機関の評価

報道や専門機関の評価は、大きく三つに整理されます。

まず、前向きな評価です。2040年の法的アンカーを設定することが長期投資判断の安定化につながるとして、再生可能エネルギー企業団体や政策専門メディアは「政策の連続性を補強する一歩」としています。また、加盟国間の合意形成が難航する中でまとめられた点を重要視し、「COP30前の統一姿勢は国際交渉にとって意味がある」と報じました。

次に、事実中心の慎重な評価があります。国際通信社などは、国際クレジット最大5%を含む柔軟性導入を強調し、減少幅の実効性が不透明になり得ると指摘しています。また、建物や交通への炭素価格導入が、一部の国民負担増を招く懸念も丁寧に言及され、実装段階での社会的対立に注意を促しています。

最後に、批判的な論調です。経済紙や気候NGOの中には「実質的な域内削減は85%ではないか」と推計し、科学的助言機関が勧告した国際クレジット排除方針との齟齬を批判する見解もあります。産業界の懸念として、米国の補助金政策や中国との国際競争の中で投資が域外へ流出する可能性が繰り返し指摘されています。さらに、政治情勢の変化により制度が後退し得るリスクにも触れられました。

これらを踏まえると、前進を認める声が多いものの、柔軟化と政治妥協が実効性を弱めないかという慎重姿勢が報道の主流といえます。

総括

EUの2040年90%削減合意は、数値の大きさと法的な位置づけという観点では国際的に強いリーダーシップを示すものです。しかし同時に、柔軟性が導入された結果、実際の排出削減ペースが十分に確保されるかどうかが問われています。政策実施の段階で投資、社会受容性、加盟国間の足並みが揃うことが決定的に重要になります。

また、日本では欧州よりも米国の情報が多く入ってきており環境施策に後ろ向きなニュースが日々報じられています。AI進展のためのデータセンターや発電施設などへの爆発的な投資、CO2排出規制不要論などは、あきらかに今回の話とは逆行するトレンドであり、このEU環境規制の実効性に疑問をもち、実態と規制のギャップに違和感すら感じてしまいます。

理念的先行だけでなく、産業競争力やエネルギー安全保障との折り合いを付けながら進む、難しい段階に差しかかっているのは確かであり、今後の欧州議会との協議や国家計画の更新を通じて、実効性のある制度設計へと結びつくかどうかが、最も注目すべきポイントになることでしょう。

参照エビデンス(一次情報・一次報道 URL)

Council of the EU press release
https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2025/11/05/2040-climate-target-council-agrees-its-position-on-a-90-emissions-reduction/

Reuters
https://www.reuters.com/sustainability/cop/eu-eyes-weaker-climate-goal-scramble-deal-by-cop30-sources-say-2025-11-05/
https://www.reuters.com/sustainability/cop/eu-countries-agree-deal-2040-climate-target-eu-danish-presidency-2025-11-05/
https://www.reuters.com/sustainability/climate-energy/eu-last-minute-talks-set-new-climate-goal-cop30-2025-11-04/
https://www.reuters.com/sustainability/climate-energy/eu-carbon-emissions-drop-5-2024-track-2030-target-2025-04-04/

Associated Press
https://apnews.com/article/a1a911e28cb9aa658b5b1e9fddc91935

Wall Street Journal
https://www.wsj.com/articles/eu-countries-agree-weaker-climate-targets-ahead-of-cop30-4fdd9dc4

Euronews
https://www.euronews.com/my-europe/2025/11/05/eu-ministers-break-deadlock-on-co2-emissions-cut-by-2040-amid-political-pressure

Euractiv
https://www.euractiv.com/news/eleventh-hour-deal-on-eu-climate-action-to-2040/
https://www.euractiv.com/news/eu-climate-deal-falters-ahead-of-cop30/

European Environment Agency
https://www.eea.europa.eu/en/newsroom/news/trends-and-projections-greenhouse-gas-emissions-largely-on-track-to-2030-targets
https://www.eea.europa.eu/en/analysis/indicators/total-greenhouse-gas-emission-trends

Carbon Market Watch
https://carbonmarketwatch.org/2025/11/05/eus-2040-target-lets-big-polluters-off-the-hook/

UK government
https://www.gov.uk/government/news/uk-enshrines-new-target-in-law-to-slash-emissions-by-78-by-2035

The CCC (UK)
https://www.theccc.org.uk/publication/sixth-carbon-budget/

US NDC
https://unfccc.int/sites/default/files/NDC/2022-06/United States NDC April 21 2021 Final.pdf

Australia government
https://www.dcceew.gov.au/climate-change/emissions-reduction/net-zero

Canada government
https://www.canada.ca/en/services/environment/weather/climatechange/climate-plan/2035-emissions-reduction-target.html

China NDC
https://unfccc.int/sites/default/files/NDC/2022-06/China’s Achievements New Goals and New Measures for Nationally Determined Contributions.pdf

India Updated NDC
https://unfccc.int/sites/default/files/NDC/2022-08/India Updated First Nationally Determined Contrib.pdf

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