生成AIツールの急速な普及に伴う著作権訴訟のいま

はじめに
生成AIツールは、テキスト、画像、音楽などあらゆるコンテンツ制作の現場に浸透しつつあります。その一方で、学習データとして使われた記事、小説、画像、歌詞などの著作物をめぐって、世界各地で訴訟が相次いでおり、連日メディアを賑わしているそうです。(日本ではあまり報道されていませんが・・・)
2025年、いくつかの重要な判決や和解、そして新しいルール作りの動きが相次ぎました。本記事では、それらの中でも特に影響の大きいものを取り上げ、
- 報道機関と OpenAI の訴訟
- 作家・クリエイター側の集団訴訟と和解
- 画像・写真をめぐる Getty 対 Stability AI
- 音楽・歌詞をめぐるドイツの判決
- 全体として見える構造変化
という流れで整理してみます。
第1章 報道機関対 OpenAI:NYT 訴訟とログ開示命令
1-1 NYT 訴訟の経緯と「ハッキング」論争
米ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、2023年末に OpenAI と Microsoft を相手取り、自社の記事が無断で学習に使われ、記事と極めて近い文章が生成されるのは著作権侵害だと主張して提訴しました。Reuters+1
これに対し、OpenAI は 2024年2月、訴えの一部棄却を求める中で「NYT 側は、通常のユーザーが行わないような入力を行い、ChatGPT から記事の長文を引き出すために、ハッキングに近い方法を使った」と主張しました。Reuters+1
ここで争点になっているのは、大きく二つです。
- 訓練段階で著作物を大量にコピーすること自体が、米国著作権法上のフェアユースとして許されるのかどうか
- モデルの出力として、元記事とほぼ同じ文章が再現される頻度とメカニズムが、どこまで「侵害」と評価されるのか
この二点について、裁判所はまだ最終判断を示しておらず、今後の動向が大変注目されるところです。
1-2 2,000万件のチャットログ開示命令とプライバシー
2025年11月、NYT らとの訴訟の証拠開示の一環として、連邦地裁の判事が OpenAI に対し、最大 2,000万件の匿名化された ChatGPT 会話ログを NYT 側に提供するよう命じたことが報じられました。Reuters+1
OpenAI はこれに強く反発し、
- 99.99パーセント以上の会話は NYT 訴訟とは無関係である
- そのような会話まで一括して開示することは、利用者のプライバシー侵害につながる
と主張して、命令の取り消しを求めています。Reuters+1
一方 NYT 側は、「モデルがどの程度記事を再現しているのか」「どのようなプロンプトで再現が起こるのか」を立証するには広範なログが必要だと主張しており、証拠の必要性とプライバシー保護のバランスが新たな論点になっています。
1-3 著作権訴訟の集約と MDL(マルチディストリクト訴訟)
NYT 訴訟を含む複数の著作権訴訟は、ニューヨーク南地区連邦地裁に集約され、マルチディストリクト訴訟として扱われています。Chat GPT Is Eating the World+3McKool Smith+3Courthouse News+3
- Tremblay、Silverman などの個別訴訟
- Authors Guild による集団訴訟
- Basbanes など、Microsoft を含む案件
が一つの巨大な訴訟群として整理され、2024年以降、統合された訴状やスケジュールが次々と出されています。Chat GPT Is Eating the World+3McKool Smith+3Courthouse News+3
この枠組み自体が、生成AIをめぐる著作権問題が「一企業と一権利者」の争いを超え、産業構造全体に関わる大規模紛争として扱われていることの象徴といえます。
第2章 作家・クリエイター側の訴訟と Anthropic 和解
2-1 Authors Guild 対 OpenAI:出力の著作権侵害をめぐる判断
作家団体 Authors Guild を中心とした作家たちは、OpenAI が自らの作品を無断で学習に使い、ChatGPT の出力として類似文が生成されるのは著作権侵害だと主張して提訴しています。CourtListener+1
2025年10月27日、ニューヨーク南地区連邦地裁の Sidney Stein 判事は、OpenAI 側の一部棄却申立てを退け、作品の要約や詳細なあらすじといった出力についても、場合によっては著作権侵害の可能性があると判断しました。Authors Alliance+1
この決定は、最終判決ではないものの、
- モデル出力そのものが訴訟の対象になり得る
- 「ごく短い引用」だけでなく、「かなり詳細なあらすじ」も権利侵害になり得る
と示した点で大きな意味を持ちます。今後、フェアユースの適用範囲や、要約の自由との線引きが、さらに具体的に問われていくことになります。
2-2 Anthropic との集団訴訟和解
一方で、OpenAI 以外の AI 企業では、すでに大きな和解が成立した例も出てきました。
Anthropic を相手取った米国の集団訴訟「Bartz v. Anthropic」では、2025年夏に和解が成立し、裁判所による暫定承認も得ています。The Authors Guild+1
Authors Guild は、この和解について
- 著作物が学習に使われた作家に対し、一定額の支払いを行う
- 今後の AI モデル学習について、より透明性の高いライセンスとオプトアウトの仕組みを整える
といった点を解説しています。The Authors Guild+1
作家側は、2026年4月に予定される最終承認審理までに、和解クラスからの脱退(オプトアウト)や請求の準備を進める必要があります。Writer Beware
この和解は、
- 「訴訟で全面勝利して使用禁止を勝ち取る」のではなく
- 「ライセンス料と今後のルールを取り決める」
という出口戦略が、生成AI時代の一つの現実解になりつつあることを示しています。
第3章 画像・写真分野:Getty 対 Stability AI の英国判決
3-1 英国での大規模訴訟と審理の開始
画像素材大手 Getty Images は、生成画像モデル Stable Diffusion を開発した Stability AI に対し、自社サイトから大量の画像を無断でスクレイピングし、学習に使ったと主張して、米国と英国で訴訟を提起しました。8 New Square+2Mondaq+2
英国では 2025年6月にロンドン高等法院での本格的な審理が始まり、AI モデルの学習と著作権・商標権の関係が大きな注目を集めました。Mishcon de Reya LLP+1
3-2 Getty が主要な著作権侵害主張を取り下げ
審理の過程で、Getty は英国での主要な著作権侵害主張を自ら取り下げ、商標権やパッシングオフ(出所の混同)に争点を絞る戦略に転じたことが、複数の法律ニュースやテックメディアから報じられています。mediagazer.com+2Mondaq+2
背景には、
- モデルの学習が英国ではなく米国外のサーバーで行われたとされ、英国著作権法の域外適用が難しい
- モデル内部の重みパラメータを「複製物」とみなせるかどうかが、現行法の枠組みでは不透明
といった法技術的な問題があります。8 New Square+2SSRN+2
3-3 2025年秋の判決と意味
2025年秋に出た約200ページの判決では、AI モデル訓練に関する著作権侵害について、権利者側が期待していたほどの先例は作られなかった、という評価が専門家から示されています。juve-patent.com+1
一方で、
- Getty の商標や透かしが入った画像に酷似する出力については、商標権やパッシングオフに基づく責任が問われ得る
- データセットの取得方法や透明性について、企業側に高い説明責任がある
ことが改めて問題提起されました。ガーディアン+2AP News+2
この判決は、「学習自体の著作権侵害」に明確なメスを入れるというよりも、「どの国の法律が適用されるのか」「商標やブランド毀損の問題はどう扱うのか」といった周辺部分で、今後の交渉や訴訟戦略に影響を与えています。
第4章 音楽・歌詞分野:ドイツの判決とライセンスへの圧力
4-1 ミュンヘン地裁の GEMA 対 OpenAI 判決
2025年11月、ドイツのミュンヘン地方裁判所は、音楽著作権管理団体 GEMA が OpenAI を訴えた事件で、ChatGPT がドイツの人気楽曲の歌詞を再現したことなどを理由に、著作権侵害を認定しました。フランス24+4Reuters+4euronews+4
報道によれば、
- ChatGPT は、特定楽曲の歌詞の大部分を再現する回答を生成していた
- モデルの訓練段階でも、歌詞を許諾なく利用した点が問題視された
- OpenAI に対し、損害賠償と将来の利用に対するライセンス義務が認められた
とされています。判決はまだ確定していないものの、AI モデルの運営者に対し、
- 「ユーザーではなく、モデル提供者が一次的な責任を負う」
- 「歌詞のような高価値コンテンツは、ライセンスなしの学習が認められにくい」
というメッセージを発していると解釈されています。THE DECODER+2euronews+2
4-2 音楽業界全体の動き
音楽業界では、歌詞だけでなく、音源を学習に使う AI 音楽生成サービスに対しても、大手レーベルによる訴訟が相次いでいます。ガーディアン+1
一方で、Universal Music Group や Warner Music Group などが、一部の AI 企業とライセンス契約を結ぶ、あるいは最終段階の交渉を進めているといった報道もあり、対立と協調の両面が同時に進行しています。creativeindustriesnews.com+1
OpenAI 自身も、ニュース・雑誌出版社との間で複数のコンテンツライセンス契約を結んでおり、AI モデルの学習データを「合法的なライセンス」によって確保する動きは、メディアだけでなく音楽・映像にも広がりつつあります。The Verge+1
第5章 構造的に見た三つの変化
ここまでの動きを、構造的に整理すると、少なくとも三つの変化が見えてきます。
5-1 「どこまでが侵害か」の線引きが少しずつ可視化されてきた
Authors Guild 判決やドイツの GEMA 判決などを通じて、
- 要約やあらすじレベルの出力でも、場合によっては著作権侵害となり得る
- 歌詞のように、比較的小さな単位でも価値が高いコンテンツは、再現そのものが重く扱われる
- モデル内部の「記憶」や「再現頻度」が、訴訟の重要な論点になる
ことが、具体的な事例として示され始めました。euronews+3Authors Alliance+3copyright.gov+3
米国著作権局も、生成AIとフェアユースに関する報告書の草案で、訓練段階での大規模コピーや出力の再現性について詳細な分析を行っており、今後の裁判例や立法に影響を与えると見られます。copyright.gov
5-2 純粋な訴訟勝利よりも、ライセンスと和解が出口になりつつある
Anthropic の和解や、OpenAI と出版社のライセンス契約、音楽レーベルと AI 企業の交渉などを見ると、権利者側も
- 全ての無断利用を止めること
よりも、 - 一定の対価を得ながら、新しいビジネスモデルを模索すること
に軸足を移しつつあるように見えます。ガーディアン+5The Authors Guild+5ガーディアン+5
これは、著作権を「使用禁止の盾」としてだけでなく、「交渉と収益化の土台」として活用する動きとも言えます。
5-3 各国の司法判断の違いが、企業の戦略を複雑にしている
Getty 対 Stability AI の英国判決と、ドイツの GEMA 対 OpenAI 判決を比べると、
- 英国では、訓練サーバーの所在地などを理由に著作権侵害の認定は限定的だった
- ドイツでは、歌詞の再現と学習利用について、モデル提供者の責任を広く認める方向に踏み込んだ
という違いが見えます。THE DECODER+48 New Square+4juve-patent.com+4
米国ではフェアユース論が中心になり、日本や欧州では権利者保護規定が強く働く傾向があるため、グローバルにサービスを展開する AI 企業は、
- どの国でどのデータを学習するか
- 各国ごとにどのようなライセンス契約を結ぶか
- モデル出力の制限やフィルタリングをどう設計するか
といった点を、これまで以上に細かく設計する必要に迫られています。
おわりに:日本の企業・自治体への示唆
日本企業や自治体が生成AIを導入する際、海外で進む訴訟や判決は、直接適用されるわけではありませんが、大きな示唆を与えています。
特に意識しておきたいポイントは、次の三つです。
- 学習データと出力の両方について、「どこからどこまでが許されるのか」を社内で整理し、権利処理方針を明文化すること
- オープンなデータだけでなく、きちんとライセンスされたデータや、自社内データを軸にした AI 利用戦略を検討すること
- 生成AIの利便性だけでなく、プライバシー・著作権・説明責任を含むガバナンス設計を、サービス導入の初期から組み込むこと
今後も各国で判決や和解が積み重ねられ、ルールは変化していきます。日本から海外に向けて情報発信やサービス展開をする際には、こうした動きを継続的にモニタリングしながら、自社にとっての「攻め」と「守り」のバランスを整えていくことが重要だと考えます。
参考文献・参照URL一覧
- Reuters, OpenAI fights order to turn over millions of ChatGPT conversations, 2025年11月12日
https://www.reuters.com/business/media-telecom/openai-fights-order-turn-over-millions-chatgpt-conversations-2025-11-12/ Reuters - Business Insider, OpenAI lost a court battle against the New York Times, 2025年11月
https://www.businessinsider.com/openai-new-york-times-copyright-infringement-lawsuit-chatgpt-logs-private-2025-11 Business Insider - OpenAI, How we are responding to The New York Times’ data demands, 2025年6月5日
https://openai.com/index/response-to-nyt-data-demands/ OpenAI - Reuters, OpenAI says New York Times hacked ChatGPT to build copyright lawsuit, 2024年2月27日
https://www.reuters.com/technology/cybersecurity/openai-says-new-york-times-hacked-chatgpt-build-copyright-lawsuit-2024-02-27/ Reuters+1 - McKool Smith, AI Infringement Case Updates: October 20, 2025
https://www.mckoolsmith.com/newsroom-ailitigation-41 McKool Smith - ChatGPT is Eating the World, Status of all 57 copyright lawsuits v. AI, 2025年10月26日
https://chatgptiseatingtheworld.com/2025/10/26/status-of-all-56-copyright-lawsuits-v-ai-oct-26-2025-apple-hit-with-3-lawsuits/ Chat GPT Is Eating the World+1 - Authors Alliance, Copyright Winter is Coming to Wikipedia, 2025年11月10日
https://www.authorsalliance.org/2025/11/10/copyright-winter-is-coming-to-wikipedia/ Authors Alliance+1 - CourtListener, Authors Guild v. OpenAI Inc., Docket 1:23-cv-08292 (S.D.N.Y.)
https://www.courtlistener.com/docket/67810584/authors-guild-v-openai-inc/ CourtListener+2CourtListener+2 - Authors Guild, Bartz v. Anthropic Settlement: What Authors Need to Know, 2025年9月25日
https://authorsguild.org/advocacy/artificial-intelligence/what-authors-need-to-know-about-the-anthropic-settlement/ The Authors Guild+1 - Writer Beware, The Anthropic Class Action Settlement: What You Need to Know Right Now, 2025年10月31日
https://writerbeware.blog/2025/10/31/the-anthropic-class-action-settlement-what-you-need-to-know-right-now/ Writer Beware - 8 New Square, Getty Images v Stability AI [2025] EWHC 38 (Ch)
https://8newsquare.co.uk/case/getty-images-v-stability-ai-2025-ewhc-38-ch/ 8 New Square - AP News, Getty Images and Stability AI face off in British copyright trial that will test AI industry, 2025年6月
https://apnews.com/article/580ba200a3296c87207983f04cda4680 AP News - Mediagazer 経由 TechCrunch など, Getty Images drops its primary claims of copyright infringement against Stability AI in UK court, 2025年6月26日
https://mediagazer.com/250625/p15 mediagazer.com - Creation Rights, Creative groups fail to secure UK legal precedent in Getty AI copyright case, 2025年11月4日
https://creationrights.com/news/ creationrights.com - The Guardian, AI firm wins high court ruling after photo agency's copyright claim, 2025年11月4日
https://www.theguardian.com/media/2025/nov/04/stabilty-ai-high-court-getty-images-copyright ガーディアン - Euronews Next, OpenAI cannot use song lyrics without paying, German court rules in landmark trial, 2025年11月11日
https://www.euronews.com/next/2025/11/11/openai-chatbots-cannot-use-song-lyrics-without-paying-german-court-rules-in-landmark-trial euronews+2euronews+2 - Reuters, German court rules against OpenAI in copyright case, 2025年11月11日
https://www.reuters.com/world/german-court-sides-with-plaintiff-copyright-case-against-openai-2025-11-11/ Reuters+1 - The Decoder, German court deepens the split on AI and copyright with its latest ruling, 2025年11月
https://the-decoder.com/german-court-deepens-the-split-on-ai-and-copyright-with-its-latest-ruling/ THE DECODER - JUVE Patent, Open AI must pay GEMA licence fee for ChatGPT, 2025年11月
https://www.juve-patent.com/cases/open-ai-must-pay-gema-licence-fee-for-chatgpt/ juve-patent.com - The Verge, OpenAI strikes content deal with Tom’s Guide owner Future, 2024年12月5日
https://www.theverge.com/2024/12/5/24313909/openai-content-deal-toms-guide-future The Verge - Influencer Marketing Hub, Meta in Talks for AI Content Licensing With Major Publishers, 2025年9月24日
https://influencermarketinghub.com/meta-ai-content-licensing/ Influencer Marketing Hub - Creative Industries News, Universal Music Group and Warner Music Group ready to close licensing deals with leading AI companies, 2025年10月2日
https://creativeindustriesnews.com/2025/10/universal-music-group-and-warner-music-group-ready-to-close-licensing-deals-with-leading-ai-companies-report/ creativeindustriesnews.com - YourStory, Whose music is it anyway? OpenAI v top music labels sparks talks on fair use, licensing rights, 2025年4月10日
https://yourstory.com/ai-story/whose-music-anyway-open-ai-v-top-music-labels-sparks-talks-fair-use-licensing-rights YourStory.com - US Copyright Office, Copyright and Artificial Intelligence: Part 3 – Generative AI Training (Pre-Publication Version), 2025年5月6日
https://www.copyright.gov/ai/Copyright-and-Artificial-Intelligence-Part-3-Generative-AI-Training-Report-Pre-Publication-Version.pdf copyright.gov


