若者を吸い込む「影の労働市場」 ーダークウェブ求人拡大が示す、世界の雇用構造のねじれ

はじめに
ここ数年、世界のIT人材市場は二極化しています。
生成AIの普及で「スキル重視の雇用」は伸びる一方、若手エンジニアの初任給や採用枠は縮小し、正規市場での競争は一段と激化しています。
そんな中、静かに拡大しているのが ダークウェブ上の影の労働市場(Shadow Job Market)です。
インドを中心に、若年層のIT技術者が正規市場での壁の高さを理由に、違法性のある仕事へ流れ込む現象が目立ち始めています。
複数の国際レポートとメディアの記事からは、
「単なる犯罪ニュース」では片付かない、
構造変化の深層 が浮かび上がります。
1. ダークウェブの求人市場は想像以上に確立していた
調査の中心となっているのは、Kaspersky の「Inside the dark web job market: Their talent, our threat.」という大規模レポートです。
2023〜2025年にかけて 2,225件の求人・応募データ を分析し、ダークウェブで何が起きているのかを明らかにしました。
● 若者が影の市場の中心に
Kaspersky の調査が最も強調するのは、次の点です。
- 求職者の中央値年齢:24歳
- 大半が新卒〜第二新卒の若年IT技術者
- 特にインド、東南アジア、旧ソ連圏が多い
(英語圏市場へのアクセスの容易さが理由)
Yahoo Finance も「Tech jobs stall, young tech workers turn to the dark web」と報じています。
つまり、これは一部の犯罪者の話ではなく、
普通の若手エンジニアが裏市場へ流れ始めている現象
なのです。
● 求人数は2年で倍増
Kaspersky の時系列データでは、
- 2023年Q1 → 2024年Q1:求人・履歴書投稿が約2倍
- 2025年に入っても高水準が継続
HRKatha の記事は、これを「危機的拡大」と表現しています。
● 求職者の7割が「どんな仕事でも構わない」
Kasperskyは、応募者の 69%が職種不問と回答している点を大きなリスクとして指摘しています。
- 学歴は問われない
- スキルがあれば即採用
- 実績より成果とスピード
- 特にプログラミング・リバースエンジニアリングが高需要
合法のIT市場と求める能力がほぼ同じため、
若年層が境界線を越える心理的ハードルは低い ことも分かります。
● 報酬は合法市場と同等かそれ以上
職種によっては、
- リバースエンジニア:月額4,000〜5,000ドル
- マルウェア開発:固定給+成果報酬
というケースも確認されています。
ここには、「収入の高さ」が若者を引き込む構造があります。
2. 複数メディアの報道から見えてくる現実
【HRKatha】
- ダークウェブの求人急増は 「若者の困窮×犯罪市場の肥大化」の接点
- インドでとくに若者が吸い込まれている現象を詳細に解説
- 正規雇用の賃金停滞を背景に、闇市場の「即金性」が魅力になっている
- 教育では扱わない領域が、若者のキャリア形成に影響し始めている
【Yahoo Finance】
- テック企業の採用停滞(レイオフ含む)が若年層を裏市場へ押し出している
- ダークウェブの求人項目には正式な職務記述があり、構造はまるで LinkedIn
- 技術スキルは正規市場とほぼ同じ(Python、C++、セキュリティ分析など)
- 「違法かどうか」より「収入になるかどうか」が優先されている現実を報じる
【CyberPress】
- ダークウェブの採用側は「国家レベルの攻撃グループ」「組織犯罪」「詐欺ネットワーク」に分かれる
- 多くの組織が“リモートワークOK”としており、グローバル化が進む
- 若者に対してのスカウトメッセージも存在し、勧誘が高度化
- 新卒や学生でも「副業」として参加できてしまう仕組みが問題
総合すると:
ダークウェブは犯罪者の集まりではなく、
「若者の失業・低賃金と接続した、新たな労働市場」
として進化している。
これが世界の報道に共通する論調です。
3. これは変化の兆しなのか
① 「正規経済 ↔ 非正規・裏経済」の境界が曖昧に
技術スキルが両市場で共通化しているため、
裏市場への越境が心理的にも構造的にも容易になりました。
② 若年層のエントリー市場が壊れつつある
新卒採用枠が狭まり、能力はあるが職歴がない若者が入りにくい状況が続いています。
裏市場はそこに入り込んでいます。
③ グローバル化と匿名性が「影の雇用」を加速
暗号資産、VPN、国境を問わないリモートワークにより、
犯罪の世界でさえ国際分業化が進んでいます。
④ 社会全体のセキュリティリスクに直結
若者のスキルが 裏側 に流れると、
サイバー攻撃・不正送金・詐欺が高度化し、国家レベルのリスクとなります。
これは単なる労働市場の問題ではなく、
教育・雇用・治安・国家安全保障が絡み合う構造問題 です。
4. 日本への示唆
日本でも同様の構造問題が既に生じています。
- 若手デジタル人材の初任給とスキル価値の乖離
- 地方におけるIT雇用機会の不足
- 学歴偏重・経験偏重の採用
- 新卒カードに依存したキャリア初期設計
- 個人副業の増加と匿名性の高い仕事の常態化
- AI導入に伴うエンジニア育成環境の衰退(エンジニアを育てようというインセンティブが働かない)
これらが重なると、日本でも「影の労働市場」の入口は広がりうるのです。
まとめ
今回の複数報道が示すのは、一つの重要な問いです。
正規市場は、若者が入れるだけの入口を保っているだろうか。
入口が閉じていけば、裏市場は必ず広がります。
技術人材が最も必要とされる時代に、
その若者が「影に流れる社会」になってはいけません。
今回のレポートは、世界の雇用と治安の深いねじれを映し出した警告です。
日本も例外ではありません。
参考資料
- Kaspersky Digital Footprint Intelligence, “Inside the dark web job market: Their talent, our threat.” 2025年11月。securelist.com+1
- HRKatha, “The dark web’s recruitment crisis: Why it’s high time to wake up” 2025年12月1日。HR Katha
- Yahoo Finance, “As tech jobs stall, new research claims young tech workers turn to the dark web” 2025年11月19日。Yahoo!
- Cyber Press, “The Dark Web Job Market Now Focuses More on Practical Skills Than Formal Education” 2025年11月21日。Cyber Security News+1


