終末時計 残り85秒が示すもの ー世界の報道は何を伝えたのか

何が発表されたのか
2026年1月27日、Bulletin of the Atomic Scientists(原子科学者会報)は「終末時計(Doomsday Clock)」を残り85秒に設定したと発表しました。これは1947年の開始以来
過去最短
です。
終末時計とは、核戦争や気候変動、技術リスクなどを総合的に評価し、人類文明がどれほど危機に近づいているかを象徴的に示す指標です。予言でも未来予測でもなく、科学者と専門家が、現在の政治と社会の状態をどう評価したかを示す警告装置という位置付けになっています。
今回の発表は世界中で報じられたが、各国の報道を比較すると、同じ数値であっても、伝え方と意味づけは大きく異なっていた。そこには国ごとの立場と思想の違いが、はっきりと現れています。
一次情報(公式声明)で強調されている論点は、大きく5つです。
- 核リスク:米露のNew START失効が迫り、核軍拡を抑える枠組みが空洞化する懸念。主要国が攻撃的・国家主義的になり、軍拡競争が加速しているという認識。
- 気候:温暖化の悪化と政策対応の弱さ(特に化石燃料からの転換が進まないこと)を「危機の加速要因」として扱う。
- AIと情報環境:生成AIの拡散が、誤情報・偽情報を増幅し、危機対応に必要な合意形成や信頼を壊す、と明示。
- バイオリスク:AIが病原体設計などを助けうる点や、公衆衛生能力の弱体化が「脆弱性」だという指摘。
- 権威主義・大国競争:ゼロサム化(勝者総取り)で国際協力が壊れ、複合リスクを同時に悪化させる、という構図。
世界の報道は、どこが分岐するのか(国・思想差の出やすい論点)
同じ「85秒」でも、各国メディアの焦点はだいたい次の4点で分岐します。
- 原因の割り当て:米露中など「大国全体の構造問題」なのか、「特定の国・政権の責任」なのか
- 核 vs 気候 vs AI:どれを主因として前面に出すか
- 実務(条約・軍備管理)重視か、象徴(警告・世論喚起)重視か
- 自国の安全保障文脈に引き寄せるか(地域紛争、同盟、台湾・朝鮮半島など)
国・地域別:報道の癖と「思想の違い」が出たポイント
1) 米国:同じニュースでも「政権批判」濃度が変わる
米国メディアは総じて、核・気候・AIの三点セットで報じますが、違いは「誰の失策か」をどれだけ言うかです。
- ニュース配信型の報道期間(APなど)は、核・気候・AI・バイオを横並びで整理しつつ、対立の激化と国際協調の崩れを主因に置く傾向。
- 論説色の強い米メディア(Time、Washington Postなど)は、情報環境(AI・偽情報)や気候政策の後退といった「国内政治の帰結」をより強く結びつける書き方になりやすい。
ここには思想差が出ます。リベラル寄り媒体ほど「気候・情報環境・制度劣化」を前に出しやすく、保守寄り空間では「象徴指標の政治化」扱いで距離を置く論調も出やすい(ただし今回、一次情報が具体論=New STARTや核軍拡に踏み込んでいるため、完全に無視しづらい構造です)。
2) 欧州:対立の当事者距離があるぶん「説明」と「制度」寄り
欧州系(例:Euronews)は、核・気候・偽情報を並べ、比較的「解説記事」として整える傾向が強いです。米国の党派対立の文脈より、国際協調の機能不全(条約失効、軍拡、気候枠組みの弱さ)に寄りやすい。
ここにある思想差は、「誰が悪いか」より「どういう制度が壊れているか」に寄せる点です。欧州はエネルギー安全保障・気候政策を域内政策として抱えるため、気候要因の比重が相対的に上がりやすいのも特徴です。
3) 台湾:自国の安全保障に直結させ、「中国要因」を前に出す
台湾の中央社CNAは、核・AIに加え、中国の対台脅威や朝鮮半島など「アジアの緊張」を明確に前景化しています。
これは「同じ一次情報を読んでも、読者の切迫課題が違うと見出しが変わる」典型です。台湾では終末時計が、抽象的な“世界リスク”というより「地域安全保障の危機管理ニュース」として消費されます。
4) 香港:大国競争の“ゲーム化”批判と、政治の空気への言及
香港01は、米中露の大国競争を「勝者総取り」「国際協力の破壊」としてまとめ、さらに米国政治(政権の動き)への言及も目立ちます。
香港メディアのこの癖は、地政学を市場・制度・情報空間の変化として観察する(=安全保障だけでなく統治や言論空間の変質も“リスク増幅器”として語る)ところに出ます。
まとめ
終末時計は「科学の予報」というより、一次情報自身が言う通り、政治への警告と行動要請のメタファーです。
だからこそ各国は、次のように自国の物語に翻訳します。
- 超大国(米国):党派性が混ざり、国内政治の評価(気候・AI規制・制度劣化)と結びつきやすい
- 欧州:制度・協調の設計不全として扱い、説明と提言に寄りやすい
- 最前線の当事者(台湾など):地域脅威(中国・朝鮮半島)に直結させる
- ハブ都市圏(香港など):大国競争と情報空間の劣化を「増幅器」として語る
終末時計は未来を予測する装置ではありません。
世界の報道期間がどのような物語で自らの危機を理解しているかを映し出す鏡となっています。
85秒という数値は、必ずしも人類の運命を決めるものではありません。
各国が何を最大の問題と見なしているかを可視化しており、緊急度とともに軌道修正の機会が提示されたと前向きに捉えていきたい。
参照(一次情報・主要報道)
- Bulletin公式プレスリリース
- 2026 Doomsday Clock Statement(PDF)
- University of Chicago News(解説)
- AP / Time / Washington Post(米報道例)
- 中央社CNA(台湾)
- 香港01(香港)


