全固体電池 vs ナトリウムイオン電池 ではない未来

はじめに

「全固体電池とナトリウムイオン電池、どちらが次世代バッテリーの覇権を握るのか」という話があるようだ――けれども、調べてみると、この問い自体が、間違っていることがわかってきた。

2026年現在の視点から見ると、両者は競合関係にあるのではなく、用途ごとに明確な役割分担が進行中である。高性能・高価格帯を全固体電池が、安価で大量普及する領域をナトリウムイオン電池が担うという二極化構造が、既に現実のものとなりつつある。

「将来は全固体電池が主流になり、ナトリウム電池はサブになる」ということなのだろうか。
現在の動向を俯瞰すると市場は単一技術による支配ではなく、用途別に最適化された複数技術の共存へと向かっている。といえるのではないだろうか。様々なファクトを整理して、バッテリー市場全体の構造変化をみていきたい。


1. 技術的な違い

1-1. ナトリウムイオン電池

ナトリウムイオン電池の最大の強みは、

圧倒的な低コストと資源の豊富さ

にある。ナトリウムは塩(塩化ナトリウム)の主成分であり、海水中に無尽蔵に存在する。リチウムのような資源争奪戦や価格高騰のリスクがほとんどない。

技術的には、リチウムイオン電池と基本構造が似ており、既存の製造設備を一部転用できるため、量産化へのハードルが比較的低い。2024年から2026年にかけて、中国を中心に量産ラインが次々と稼働を始めており、既に「研究段階」を抜けて「実用段階」に入っている

一方で弱点も明確だ。ナトリウムイオンはリチウムイオンより重く大きいため、同じ体積・重量でのエネルギー密度がリチウムイオン電池の70〜80%程度に留まる。つまり、同じ航続距離を実現するには、より大きく重いバッテリーパックが必要になる。安いが大きくなってしまうということだろう。

1-2. 全固体電池

全固体電池は、液体電解質を固体電解質に置き換えることで、

超高エネルギー密度と高い安全性

を実現する技術だ。理論上、現在のリチウムイオン電池の1.5〜2倍のエネルギー密度が可能とされ、液漏れや発火のリスクも大幅に低減できる。急速充電性能も優れており、数分での充電完了も視野に入る。

まさに「夢の電池」と呼ばれる所以だが、最大の課題は製造コストの高さである。固体電解質の材料コストが高く、製造プロセスも複雑で歩留まりが低い。2026年現在、技術的には成立しているものの、「どうやって安く、安定して大量生産するか」という工業化の壁を越えようとしている段階だ。

実用化時期は、トヨタをはじめとする各社が2027〜2028年の少量生産開始を目標としているが、本格的な量産と価格低減には更に数年を要すると見られている。

1-3. 比較表

観点ナトリウムイオン電池全固体電池
最大の強み圧倒的に安い、資源が豊富超高エネルギー密度、安全性
弱点重くてかさばる(エネルギー密度低)製造コストが極めて高い
実用化時期2024〜26年に量産開始済2027〜28年に少量生産見込み
主な用途街乗りEV、電動バイク、定置型蓄電池高級EV、長距離輸送、航空分野
資源塩由来でほぼ無尽蔵リチウム+高価な固体電解質材料
現在のステータス商用化開始、実績蓄積中技術は完成、工業化は未完成

ここでわかることは、

性能で勝つのが全固体、価格で勝つのがナトリウム

という明確な方向性があることだ。この特性の違いが、そのまま市場での棲み分けを決定づけている。


2. 「全固体だけが主流」にならない未来

2-1. 高性能が必要な用途は限定的

全固体電池が本領を発揮するのは、以下のようなプレミアム用途である:

  • 長距離EV:1回の充電で1000km以上走行したい
  • 高級車・スポーツカー:航続距離と性能を両立したい
  • 商用車・物流:充電時間を最小化して稼働率を上げたい
  • 航空・宇宙:重量あたりのエネルギー密度が死活問題

これらの用途では、性能のために高コストを許容できる。しかし、現実の市場の全てが、こうしたプレミアム用途を求めている訳ではないのではないか。

2-2. 性能<コストの市場

グローバルなEV市場を見ると、大半の需要は以下のような用途に集中している:

  • 日常使い(通勤・買い物用など)のコンパクトEV:航続距離は200〜300kmで十分
  • 電動バイク・電動スクーター:短距離移動がメイン
  • 家庭用・業務用蓄電池:太陽光発電との組み合わせ

これらの用途では、「どれだけ安く買えるか」が支配的な購買要因となる。性能よりも価格が正義になる世界だ。

中国市場では、2025年に1万ドル以下(日本円で約150万円以下)の超低価格EVが急増し、これらの多くがナトリウムイオン電池の採用を検討または実装している。BYDをはじめとする中国メーカーは、「ガソリン車より安いEV」を実現するために、ナトリウムイオン電池を戦略的に採用し始めているようだ。

2-3. コスト構造の壁

全固体電池のコスト構造を見ると、現在のリチウムイオン電池の2〜3倍のコストがかかると推定されている。量産効果で価格は下がるが、材料コストそのものが高いため、リチウムイオン電池と同等レベルまで下げるには相当な時間を要する。

一方、ナトリウムイオン電池は材料コストが本質的に安く、既存のリチウムイオン電池製造ラインを一部転用できるため、量産化が進めば現在のリチウムイオン電池より20〜30%安くなる可能性がある。

この価格差は、市場の大部分を占めるコスト重視セグメントにおいて、決定的な競争優位性となる。


3. ナトリウムイオン電池の現実的な役割

3-1. 「安いEV」を実現する鍵

ナトリウムイオン電池の最大の役割は、EV普及の最大の障壁である価格を引き下げることにある。

現在、多くの消費者がEVを敬遠する理由は、航続距離の不安よりも「高すぎる」という価格の問題だ。特に新興国市場や低所得層にとって、現在のEV価格は手が届かない。

ナトリウムイオン電池は、この価格の壁を突破する可能性を持つ。重くてかさばるという弱点はあるが、以下の用途では致命的ではない:

  • 街乗り・通勤用途:1日の走行距離は50km以下が大半
  • カーシェアリング:充電ステーション間の短距離移動
  • 配送用小型商用車:決まったルートを巡回
  • 定置型蓄電池:重量は問題にならない

これらの用途では、「性能より価格」が明確に優先される。ナトリウムイオン電池は、性能よりコストが正義になる世界での最適解となり得る。

3-2. 資源安全保障の観点

もう一つ重要な点は、資源安全保障である。

リチウムの埋蔵量は特定の国(チリ、オーストラリア、中国など)に偏在しており、供給リスクと価格変動リスクが大きい。コバルトやニッケルも同様だ。一方、ナトリウムは海水から無尽蔵に採取できるとも言えるので、地政学的リスクがほぼゼロにすることができる。

各国政府にとって、エネルギー転換を進める上で資源の安定確保は死活問題だ。ナトリウムイオン電池の普及は、資源依存度を下げ、サプライチェーンの強靭性を高める戦略的意義を持つ。

中国が国家戦略としてナトリウムイオン電池の開発・普及を推進しているのも、この資源安全保障の観点が大きい。

3-3. 2026年時点の実用化状況

ナトリウムイオン電池は、既に「将来性」のフェーズを抜け、現実的な選択肢になっている。

  • CATL(中国・寧徳時代):2021年に第1世代ナトリウムイオン電池を発表、2023年から量産開始。エネルギー密度160Wh/kgを達成。
  • BYD:低価格EVへのナトリウムイオン電池搭載を計画、一部車種で既に採用開始。
  • 中国国内の複数メーカー:2024〜2025年にかけて量産ライン稼働、商用車や電動バイクへの搭載が進む。

商用車や低価格帯EVへの搭載実績が積み上がっており、技術的信頼性も確認されつつある。2026年以降、更に多くの車種への展開が予想される。


4. 全固体電池が担うのはプレミアム領域

4-1. 技術レベル

全固体電池は、技術的には既に成立しているようだ。トヨタ、日産、パナソニック、サムスンSDI、QuantumScapeなど、世界の主要メーカーが試作品レベルでの動作実証に成功している。

しかし現在の課題は、「どうやって安く、安定して大量生産するか」という製造技術の壁である。

固体電解質と電極の界面抵抗を下げること、製造プロセスでのクラックや不純物混入を防ぐこと、歩留まりを高めることなど、工業化に向けた課題が山積している。現在は試験生産ラインで、これらの課題解決と量産技術の確立が進められている段階だ。

4-2. ハイエンド市場での優位性

全固体電池が最初に実用化されるのは、コストよりも性能が優先されるハイエンド市場である:

  • 高級EVセグメント:航続距離1000km超、急速充電10分以下を実現
  • スポーツカー:高出力と軽量化を両立
  • 長距離トラック・バス:充電時間短縮で稼働率向上
  • 航空・ドローン:重量あたりのエネルギー密度が決定的

これらの用途では、バッテリーコストが車両全体の価格に占める割合が小さいか、性能向上のメリットが価格上昇を上回るため、全固体電池の高コストが許容される。

トヨタは2027〜2028年に全固体電池搭載EVの限定生産を開始する計画を発表しており、当初はレクサスなど高級車ブランドでの展開が予想される。価格が数千万円レベルになったとしても、富裕層や技術愛好家による初期需要は見込める。

4-3. 長期的なコスト低減の道筋

全固体電池も、量産化が進めば徐々にコストは下がる。ただし、現在のリチウムイオン電池並みの価格に到達するには、2030年代半ば以降になると多くの専門家が予測している。

それでも、性能面での優位性は保たれるため、「価格差を払ってでも高性能が欲しい」という層は常に存在する。スマートフォン市場でハイエンド機が一定のシェアを保っているのと同じ構図だ。


5. バッテリー市場の「3層構造」化

5-1. 用途別最適化の時代へ

ここまでの状況をみると、将来のバッテリー市場は、単一技術が支配するのではなく、用途別に分かれた「3層構造」になると考えるのが自然ではないだろうか。

【ハイエンド層】全固体電池

  • 用途:長距離EV、高級車、スポーツカー、商用長距離輸送、航空
  • 特徴:最高性能、高安全性、高価格
  • 市場規模:全体の10〜15%程度

【ミドル層】既存リチウムイオン電池・半固体電池

  • 用途:現在の主流EV、スマートフォン、ノートPC
  • 特徴:性能とコストのバランス、技術成熟
  • 市場規模:全体の50〜60%程度

【エントリー層】ナトリウムイオン電池

  • 用途:格安EV、電動バイク、家庭用蓄電池、短距離商用車
  • 特徴:低価格、資源豊富、十分な性能
  • 市場規模:全体の25〜35%程度

この構造は、スマートフォン市場がiPhone(ハイエンド)、Galaxy中価格帯(ミドル)、中国製格安スマホ(エントリー)に分かれているのと同じだ。消費者は自分のニーズと予算に応じて、最適な層の製品を選ぶ

5-2. 相互補完の関係

重要なのは、これら3層は競合するのではなく、相互補完的な関係にあるということだ。

  • ハイエンド層の技術革新が、時間差でミドル層に降りてくる
  • エントリー層の普及拡大が、市場全体のパイを広げる
  • ミドル層の安定供給が、産業全体の基盤を支える

全固体電池だけでは市場全体の需要を賄えず、ナトリウムイオン電池だけでは高性能ニーズに応えられない。両者が共存し、それぞれの得意領域で最大限の価値を発揮することで、バッテリー市場全体の健全な成長が実現される。

5-3. 地域別の採用傾向

地域によっても、採用される技術の比重が異なる可能性がある:

  • 中国・東南アジア:ナトリウムイオン電池の比率が高い(コスト重視、大量普及)
  • 欧州・北米:全固体電池とリチウムイオン電池が主流(性能・環境規制重視)
  • 日本:全固体電池への期待が高い(技術先行戦略)

各地域の経済状況、政策方針、消費者嗜好に応じて、最適な技術の組み合わせが選ばれる。


最後に

日本国内では「全固体電池が次世代の本命」という論調が強いが、グローバル市場全体を俯瞰すれば、ナトリウムイオン電池も既に重要な役割を担い始めている。性能で選ぶなら全固体、価格で選ぶならナトリウム。この二極化が進む中で、どちらか一方だけに賭けるのではなく、市場の多様性を理解し、それぞれの技術に適切に対応することが、企業にとっても国家にとっても重要な戦略となる。

未来は単一技術が支配する世界ではない。用途ごとに最適な技術が選ばれる、多様で健全な市場が形成されつつある。この現実を正しく認識することが、次世代バッテリー市場を理解する第一歩になるのではないだろうか。


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参照情報

■ ナトリウムイオン電池(量産・実用化)

  1. CATL(寧徳時代)
    Sodium-ion batteries: CATL releases first-generation sodium-ion battery
    https://www.catl.com/en/news/665.html
  2. CATL
    CATL launches sodium-ion batteries for mass production
    https://www.catl.com/en/news/818.html
  3. 中国工業情報化部(MIIT)関連報道
    China accelerates sodium-ion battery industrialization
    https://www.reuters.com/world/china/china-steps-up-support-sodium-ion-batteries-2023-01-06/
  4. BloombergNEF
    Sodium-Ion Batteries Are Coming, but Lithium Will Still Dominate
    https://about.bnef.com/blog/sodium-ion-batteries-are-coming/

■ 全固体電池(トヨタ・Samsung SDIなど)

  1. トヨタ自動車
    トヨタ、全固体電池の実用化に向けた技術開発について
    https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/39564942.html
  2. トヨタ自動車
    全固体電池の量産化ロードマップ(2027–2028年)
    https://www.toyota.co.jp/jpn/tech/environment/ev/
  3. Samsung SDI
    Samsung SDI to commercialize solid-state batteries by 2027
    https://www.samsungsdi.com/sdi-news/1424.html
  4. 日経クロステック
    全固体電池の量産技術課題
    https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02143/

■ 市場構造(用途別棲み分け・コスト問題)

  1. IEA(国際エネルギー機関)
    Global Supply Chains of EV Batteries
    https://www.iea.org/reports/global-supply-chains-of-ev-batteries
  2. McKinsey
    Lithium-ion battery costs and market segmentation
    https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights
  3. Nature Energy
    Opportunities and challenges for sodium-ion batteries
    https://www.nature.com/articles/s41560-021-00927-4

■ 資源問題(リチウム vs ナトリウム)

  1. USGS
    Lithium statistics and supply risk
    https://www.usgs.gov/centers/national-minerals-information-center/lithium-statistics-and-information
  2. World Bank
    Minerals for Climate Action
    https://www.worldbank.org/en/topic/extractiveindustries/brief/minerals-for-climate-action-the-climate-smart-mining-facility

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