フリクション・マキシングというトレンド —AI時代にあえて不便を選ぶ

はじめに

2026年2月22日、インドの大手メディア「タイムズ・オブ・インディア」がひとつのライフスタイルトレンドを報じた。その名は

「フリクション・マキシング」

ワンタップで何でも完結する生活に背を向け、あえて手間や労力を日常に取り戻す動きだ。

歩く、紙に書く、手入力する、遠回りする。一見すると時代錯誤に映るこれらの行動が、デジタル先進国を中心に静かに広がっている。支持者たちは、時間と労力をかけることで生活への関与感が高まると語る。根底にあるのは、デジタル疲労と日常からの切断感だとタイムズ・オブ・インディアは指摘する。

これは突然生まれた流行ではない

実は、この流れは2026年になって突然現れたわけではない。

10年以上をかけて蓄積されてきた潮流に、ようやく名前がついたという状態と言ってよい。

過去には2019年ごろから注目を集めたデジタル・ミニマリズムの概念がある。
コンピュータ科学者のカル・ニューポートが提唱したもので、オンライン時間を大幅に減らすと、対面交流・読書・散歩といったアナログ活動の満足度が上がるという考え方だ。人は情報よりも経験によって幸福感を得る、というのがその核心にある。

同時期、SNSが人間の注意を奪う設計になっているという批判も高まった。
プラットフォームに意図的に距離を置くことが、一種の抵抗行為として語られるようになった。

2026年に発表された研究はさらに踏み込んだ結論を出している。ソーシャルメディアの利用中に、高い集中と没入を伴う体験(フロー状態というらしい)が生まれる割合はわずか2%であり、使用時間が増えるほど集中体験は減るという。

この様に、フリクション・マキシングは単なる感覚的な主張ではなく、心理研究とも整合した動きでもあるのだ。

なぜ今か?

決定的な引き金はAIだろう。

生成AIの出現以降、AIは文章を書き、提案をし、判断を補助し、サービスを生み出し、会話の相手すら務めるようになった。その結果、人間が日常の中で行う認知的な努力が急速に減少してきている。

これは「便利になった」というより、「人間の認知能力が衰えた」と表現しても良いのではないかと思うほどである。

タイムズ・オブ・インディアも指摘するように、すべてがタップで済み究極的に便利になっていっているにもかかわらず、満足感が伴わないという状況に陥りつつあるのである。

興味深いのはここである!

心理学的に言えば、これは認知負荷の欠如による報酬感の低下というそうだ。
そして、人間の脳は、「努力と達成のセットで満足を生成する」。けれども、AIは努力だけを削除した。結果として報酬感も消えた。これが「便利なのに虚しい」という感覚の正体だ。

世界で同時に起きていること

この流れを受けて、世界では複数の動きが同時進行している。

アナログ回帰という現象がある。
紙の手帳・フィルムカメラ・手書き日記・手作業クラフトへの関心が高まっている。

体験型サービスも急成長しており、ワークショップ・手仕事教室・農業体験・リトリートの需要が増えている。意図的な不便を売りにする場も登場した。スマートフォン不使用のカフェ、オフラインイベント、徒歩旅行がその例だ。

重要なのは、これが便利さの否定ではないという点ではないだろうか。

人々が求めているのは不便そのものではなく、主体性なのではないかと思う。

まとめ

結論から言えば、これは構造変化である。

人類史を振り返ると、
農業革命の後に手作業の価値が生まれ、余暇という価値が生まれた。
IT革命の後に情報の価値が生まれた。
AI革命の後に生まれているのは、体験の価値だ。

AIは思考の外注化を実現してしまった。
その反動として生まれているのがフリクション・マキシングであり、これはアナログ趣味の復権ではなく、AI時代における人間性の再定義運動と見るべきなのだろう。

この変化は市場構造にも影響を与える。

成長が見込まれるのは体験型ビジネス、ワークショップ、リアルコミュニティ、手作業関連サービス、コーチング、伴走支援といったアナログコミュニケーションが求められる領域だ。

逆に、努力を必要としない完全自動サービスや、完全オンラインで完結するサービスは、過激な競争とともに見直しを迫られるのではないだろうか。

デジタルトランスフォーメーションと真逆に見えるこの流れは、実はDXの次の段階、人間中心のDXと言えるのかもしれない。

効率化の先に人間の関与をどう設計するか。それがこれからのサービスに問われる問いになるだろう。

過去の記事:

変革ニュース『毎日配信』

新たな変化に気づける部屋 あらゆる領域で、様々な変化が起きているのに 私たちは自分の好きなことにしか気づけません ここでは自分では気づけない 未知の領域の変化をお…


参照情報

Friction maxxing is pushing back against one-tap living, Times of India, 2026年2月22日 https://timesofindia.indiatimes.com/life-style/spotlight/friction-maxxing-a-trend-towards-mindful-living-in-a-digital-age/articleshow/128651127.cms

Digital Minimalism by Cal Newport, Academia.edu https://www.academia.edu/127223376/Digital_Minimalism_by_Cal_Newport

Flow on Social Media? Rarer Than You'd Think, arXiv, 2026年 https://arxiv.org/abs/2602.16279

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