ベースロード革命の始まり—再生可能エネルギーが24時間動き続ける日

① 1次情報(公式発表)
今週実施された「着工式(groundbreaking ceremony)」を機に、アブダビ国営エネルギー会社マスダールおよび国営通信社WAM、提携企業である Emirates Water and Electricity Company (EWEC)(EWEC)から発表された公式情報を整理します。
プロジェクト概要(公式発表による)
- 正式名称(通称):「世界初のギガスケール・24時間365日対応 再生可能エネルギープロジェクト」(World’s First Gigascale Round-the-Clock Renewable Energy Project)
- 所在地:アラブ首長国連邦(UAE)アブダビ州、アル・ワスバ(Al Wathba)地区
- 開発企業:マスダールおよびEWEC
- プロジェクト規模
- 太陽光発電(PV):5.2 ギガワット(GW)級
- バッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS):19 ギガワット時(GWh)級
- 供給電力:1 ギガワット(GW)の「ベースロード(基幹)電力」を24時間365日供給
- 投資額:220億UAEディルハム超(約60 億米ドル以上)※なお報道では約60億ドルという数字もあり。
- 稼働予定:2027年
- CO₂削減効果:年間約570万トンの排出削減
- 雇用創出:1万人以上
主要な発言
- Sultan Al Jaber 博士(マスダール会長/UAE産業・先端技術大臣):「このギガスケールプロジェクトは、情報化時代のための再生可能エネルギーの役割を再定義する一歩だ」と述べ、従来の電力網だけでなく、AIやデジタル経済といった新たな電力需要に対応するものであることを強調。 (masdar.ae)
- Mohamed Jameel Al Ramahi 氏(マスダールCEO):「これはマスダール史上、最大かつ最も野心的なプロジェクトであり、再生可能エネルギーが(24時間)常時供給可能であることを実証する、世界に向けた設計図(blueprint)だ」と述べています。 (PR Newswire)
② 世界の報道機関による分析・考察
このプロジェクトは、単なる大規模発電所のニュースとしてではなく、産油国の本気度/エネルギー転換のゲームチェンジという観点から、世界中のエネルギー専門メディアや経済紙で分析されています。主な分析を以下3つの観点に整理します。
分析1:再生可能エネルギーの「ベースロード電源化」という夢の実現
多くのメディアが指摘しているのは、このプロジェクトが再生可能エネルギーの最大の弱点であった「断続性(intermittency)」を克服し、「ベースロード電源」(原子力や火力発電のように、24時間安定して供給される基幹電力)の領域に踏み込んだ点です。
- 専門技術分析(例:Utilities Middle East/SolarQuarterほか)では、「従来型の太陽光+バッテリーは、夜間の数時間をカバーする程度だった」が、このプロジェクトでは5.2 GWの太陽光に対し19 GWhという巨大なバッテリーを組み合わせ(単純計算で約3.6時間分だが、AI制御により最適化される)ことで、「ディスパッチャブル(dispatchable)」、すなわち電力会社が需要に応じて出力を制御できる電源になる」との指摘があります。
- また、AIの役割として(Economy Middle East、Energy Connectsなど)、「このプロジェクトの核心はAIにある」と分析されており、AIが需要予測、天候予測、バッテリーの充放電の最適化をインテリジェントに行う「仮想発電所(virtual power plant)」として機能するという論点も。これにより、単なる蓄電ではなく、電力網全体の安定化(グリッドフォーミング)や、万が一の停電時に自立起動する「ブラックスタート能力」さえも担うと報じられています。 (The National)
このように、「再生可能=時間限定」という常識を覆し、「24時間365日再生可能電力」という段階に挑戦している点が、世界が注目する所以です。
分析2:産油国から「AI・クリーンエネルギー大国」への戦略的転換
このプロジェクトの背後には、単なる発電容量拡大ではなく、国家戦略、特に「石油依存からの脱却」と「AI・デジタル経済への傾倒」という観点が多く取り上げられています。
- 経済的・地政学的分析(例:The National News、ZAWYA)では、UAEは「UAEエネルギー戦略2050」や「Net Zero 2050」を掲げており、今回のプロジェクトはその中核を担うとされています。中東のエネルギーメディアは、「産油国が化石燃料の輸出で得た富を使い、次の時代のエネルギー(クリーン電力)の輸出国へと変貌を遂げる」という明確な意思表示であると分析しています。 (ft.com)
- また、「AI時代」の電力需要への回答という観点でも注目が集まっています。マスダールとEWECの幹部が「AI時代の電力需要に応える」と明言している点。データセンターやAIのトレーニングには、膨大かつ安定した電力が必要であり、このプロジェクトを通じてUAEが中東におけるAIハブとなるための「超重要インフラ」として位置付けられているとの考察もあります。 (The National)
このように、エネルギー構造の転換=国家戦略の転換としての読み取りが、報道・分析の大きな文脈となっています。
分析3:「世界的な設計図(Blueprint)」としてのインパクト
マスダールのCEOが「世界への設計図(blueprint)」と述べた通り、各メディアはこのプロジェクトが持つ世界的な波及効果についても考察しています。
- 市場へのインパクト(例:Clean Energy Pipeline、Muslim Network TVなど)では、「このプロジェクトが世界的に競争力のある電力料金(globally competitive tariff)で実現すること」が強調されています。つまり、「24時間365日のクリーン電力は高コストである」という従来の常識を覆す可能性があるというわけです。 (The National)
- 他国への影響としても、「これにより、これまでベースロード電源を化石燃料や原子力に頼らざるを得なかった国々(特に日照条件の良い国々)にとって、太陽光+大規模BESS+AI制御という“UAEモデル”が、現実的な選択肢として急速に浮上する」という指摘があります。これが、エネルギー安全保障の概念そのものを変える可能性を秘めているという観点です。 (horus-gei.com)
以上より、このプロジェクトは「技術革新」「国家戦略」「世界モデル化」という三軸で読み解くことができます。
結びにあたって
今回の記事で示された以下の点を改めて整理します。
- マスダールが開発する5.2 GWの太陽光+19 GWhのバッテリーという巨大スケールが「24時間365日」対応を可能にしようとしており、再生可能エネルギーが“基幹電力”たる位置に一歩踏み出す挑戦であること。
- プロジェクトの背景には、UAEという産油国が「脱石油/クリーンエネルギー経済」「AI大国化」という戦略を具現化しようとしている構図があり、単なる発電所ではなく国家インフラ・未来産業の基盤/世界モデルでもあること。
- このような挑戦が成功すれば、他国・他地域における再生可能エネルギーの運用モデルや電力インフラ設計を根底から変える可能性があるため、世界中の報道機関・専門メディアが強く注目している、ということ。
ただし、実際に「24時間365日」を安定的に実現するには、バッテリー寿命・天候変動・システム運用・需要変動など、技術・経営・運営の多面的なチャレンジがあります。報道のトーンは概ね期待寄りではありますが、実証・運転・スケールのフェーズでどこまで設計通りに進むか、今後のフォローが重要です。
ご希望があれば、技術仕様(BESSの種類、AI制御の概要、系統連系方式など)や、他国事例との比較(例えば日照が良い地域/曇天多発地域での類似プロジェクト)も整理可能です。
エビデンス(参考URL)
- Masdar 公式ニュース “UAE President witnesses launch of world’s first 24/7 Solar PV, Battery Storage gigascale project to be built in Abu Dhabi” — Jan 14 2025 / PR Newswire
- Masdar 公式サイト “How Masdar is solving the ‘moonshot challenge’ of renewables” — Oct 6 2025
- The National News article “Mega clean energy projects to boost AI and data centre growth in the UAE, says Masdar” — Oct 24 2025
- Reuters article “UAE’s Masdar launches facility to produce 1 GW of uninterrupted renewable energy” — Jan 14 2025
- Renewable Institute article “UAE unveils $6 B groundbreaking 24/7 renewable energy facility” — (synoptic)



