アメリカと中国の自動運転産業の現状比較

アメリカと中国の自動運転産業の現状比較

本稿では、まずアメリカの自動運転市場における最新動向を公的資料や報道を基に整理し、次に中国の制度・実装・事業展開の現状をまとめ、最後に両国の比較と考察を提示します。


Ⅰ. アメリカ:企業主導の実装と慎重な社会

1. ロボタクシーの商用化

アメリカではWaymoが商用ロボタクシー分野をリードしています。
2025年時点でWaymoはアリゾナ州フェニックス、カリフォルニア州サンフランシスコとロサンゼルス、テキサス州オースティンなど複数都市で有料の完全無人ライドサービスを展開しており、週25万件を超えるライドを提供しています。今後もアトランタやマイアミなどへの拡大計画が進められています。

2. Cruiseの事故と再起

GM傘下のCruiseは、2023年のサンフランシスコでの歩行者事故を契機に運行許可を停止されました。虚偽報告の認定を受けた後、2025年には安全ドライバーを同乗させた限定的運行を再開し、安全性の確立を最優先課題としています。

3. Tesla FSD(レベル2)への調査

TeslaのFull Self-Drivingは名称に反し、現在もレベル2(部分運転自動化)に分類されています。ドライバーの常時監視が前提であり、自律運転とは呼べません。
2025年10月にはNHTSA(米運輸省高速道路交通安全局)が約290万台を対象に安全性調査を開始しました。報告によると、FSD使用時の交通違反や衝突事故の報告が多数寄せられたことが背景にあります。

4. 自動運転トラックの進展

Aurora Innovationは2025年、テキサス州ダラス〜ヒューストン間で無人運転による商用貨物運行を開始しました。アメリカでは乗用車だけでなく物流領域でも自動運転化が進展しています。

5. 社会的受容

アメリカ自動車協会(AAA)の調査では、2025年も「自動運転車に不安を感じる」と答えた割合が6割を超えました。「信頼できる」と回答した人は1割程度にとどまり、市民の心理的なハードルは依然高い状況です。

まとめ(アメリカ)
Waymoがレベル4ロボタクシーを実用化し先行。Teslaはレベル2の段階にとどまり、規制当局の監視が強化。Auroraが物流領域で実用化を進め、社会は慎重な姿勢を崩していません。


Ⅱ. 中国:都市単位の制度整備とインフラ協調による加速

1. 政策と制度

中国では工業情報化部が2024年に「車路雲一体化(Vehicle–Road–Cloud Integration)」の国家級パイロット地区を20都市で指定しました。車両、道路、クラウドの連携を前提に、2026年までに全国的な標準整備を完了させる方針を掲げています。
2024年時点でパイロット都市には3,000台以上の自動運転車が導入され、北京のパイロット区は225平方キロメートルに及ぶと報告されています。

2. ロボタクシーの商用展開

BaiduのApollo Goは武漢で24時間運行の完全無人ロボタクシーサービスを展開しています。Pony.aiは深圳や上海で完全無人商用運行の許可を取得。WeRideも広州でサービス拡大を進めています。これらの企業はいずれも限定地域(ODD)内で人間ドライバーを介さない有料サービスを実施しています。

3. 技術の特徴:多センサとインフラ協調

中国勢はLiDAR、カメラ、レーダーを組み合わせた多センサ構成を採用しています。さらに、車両と信号機・路側センサを5Gで接続する車路協調(C-V2X)を国家プロジェクトとして整備しています。各都市では信号制御や交通流データを共有し、車両側の判断を補完しています。

4. レベル2の普及とデータ基盤

中国自動車工業協会によると、2025年上半期の新車販売のうち約63%がレベル2運転支援を搭載しています。これにより走行データが大量に蓄積され、AIモデル学習と高精度地図の整備が同時進行しています。
つまり、中国では量産車の運転支援データがそのままレベル4開発の基盤となっており、民間と都市インフラが一体で成長しています。

まとめ(中国)
都市ごとの車路雲一体化政策により、ロボタクシーが制度的に支えられて商用化。BaiduやPony.aiが完全無人走行を実現。レベル2車両の高普及がAI開発の土台を形成し、国家が制度と標準で支える形が特徴です。


Ⅲ. 比較と考察:技術よりも「制度設計の差」

項目アメリカ中国
ロボタクシーの実装Waymoが複数都市で商用運行。Cruiseは再開段階。Baidu、Pony.aiが完全無人で有料運行を展開。
技術アプローチ車両中心、AIアルゴリズムと冗長センサによる自律化。車両+インフラ協調(C-V2X・クラウド管制)方式。
制度と監督連邦政府と州が分担。安全監督は強化傾向。国家主導で制度設計。都市ごとに実証・認可枠を設定。
普及とデータレベル2車両は普及途上。FSDは調査対象。新車の過半がレベル2搭載。データ資産の拡張が進行。
社会受容性市民の不安が強く、慎重姿勢が継続。政策主導で社会実装が早く、受容性も都市ごとに上昇傾向。

Ⅲ. 比較と考察(拡張版)

以下は、Ⅰ・Ⅱの事実整理に基づく比較と示唆を、観点ごとに一段深く掘り下げたものです。評価語をできるだけ避け、制度設計や運用条件の違いが市場結果にどう結びついているかを丁寧に記述します。

1. 実装モデルの差異が生む拡張ペースの違い

アメリカは企業主導で、各社が自社の安全性証明や責任分界を前提に都市ごとに許認可を獲得していくモデルです。Waymoのようなレベル4相当の無人有料運行は、車両単体の自律性と冗長化を高める設計が核で、都市の交通インフラ側は限定的な支援にとどまることが多い傾向です。このため、展開は着実に進む一方で、都市の複雑性や訴訟リスク、住民合意形成の手間がボトルネックになり得ます。
中国は都市パイロットを核に、車両と道路とクラウドを前提から統合する運用で、信号や路側センサ、C-V2Xを含む「車路雲一体化」を制度セットで整えています。車両側の要件をインフラ側で補完する設計のため、特定の運行領域で商用フルドライバーレスを早期に成立させやすく、都市単位での面展開が促進されます。両者の違いは、同じレベル4でも「車両中心の自律」か「社会基盤と協調する自律」かという設計思想の差に由来し、拡張速度にも直結しています。

2. 規制アプローチの違いと安全監督の現れ方

アメリカでは連邦と州が役割を分担し、連邦は安全監督と欠陥調査、州は公道運用の許認可を所管します。Teslaのレベル2運転支援に対する広範な調査着手は、消費者保護と安全担保を重視する監督姿勢が強いことを示します。一方で、Waymoのように実運用データを積み上げる企業には、監督のもとで段階的に運行範囲を広げる余地が開かれています。
中国は中央所管の政策のもと、指定都市が制度サンドボックスを運用し、標準化と評価枠組みを都市横断で整えます。運用条件の明確化とインフラ協調を前提化することで、安全要件の外在化が図られ、事業者は制度に適合する形でのスケールが可能になります。監督は制度設計と一体運用のため、都市パイロットに合致する技術と運用は認可されやすく、逸脱には制限がかかる構造です。

3. データ獲得の土台と学習の構造

アメリカは、レベル4実運用の無人走行データが安全性検証の中心となり、ベンチマークは「人の介入ゼロでの走行品質」となります。長距離幹線のトラック無人運行の開始は、限定された環境下での大量データ獲得が進むことを意味し、将来の適用範囲拡大に寄与します。
中国は、新車の多数にレベル2運転支援が標準化しており、広域での日常走行データを継続的に蓄積しています。この土台に、都市の信号や路側センサのデータが重なり、車両側の学習とインフラ側の学習が相互補完されます。結果として、レベル2普及層がレベル4の教師役となる構図が成立し、量産側と先端側が循環的に強化されます。

4. 市場形成の起点と収益化経路

アメリカのロボタクシーは、乗用の都市内モビリティと長距離物流の二軸で先行事例が形成されています。前者は有料無人ライドの都市別拡大、後者は幹線物流での定期運行の商用化です。運賃や物流費という明確な収益源がある一方、運行領域の拡張と事故リスク管理のコストが立ちはだかります。
中国は、都市パイロット内での有料ロボタクシーに加え、空港アクセスなど特定ユースケースでのフルドライバーレス運行を重ねています。さらに量産レベル2の広範普及が継続収益を生み、データ資産という無形資本がロボタクシーの学習コストを下げる側面があります。制度面では都市が需要側でもあるため、社会実装が行政需要と連動しやすい特質があります。

5. 社会受容性とコミュニケーションの論点

アメリカの世論調査では、自動運転への恐怖や不安がなお多数派です。ロボタクシーの実運用拡大が続く一方、事故や違反の報道が注意を喚起し、規制監督が強化されることで消費者理解に揺り戻しが生じる局面もあります。これは、事実に基づく透明な安全データ開示と、想定外事象への対応手順を市民に可視化する取り組みの重要性を示します。
中国は行政主導で都市パイロットが先に立ち、制度のもとで利用機会が増えることで日常接触が積み上がる構図です。受容性は都市差があり一律ではありませんが、公共交通や都市運営の一部としてロボタクシーが位置づけられるほど、合意形成は制度プロセス内で進みやすくなります。

6. 技術ロードマップの分岐点

アメリカは、車両側AIとセンサ冗長性で「地図依存度の最適化」と「未知環境への汎化」を追求する傾向が強く、長期的には広域ODDの獲得を目指します。幹線トラックでの商用無人運行は、限られたODDから隣接ODDへと拡張する段階的戦略の実証でもあります。
中国は、C-V2Xや信号協調により、地図とインフラの更新を都市オペレーションに組み込む方向です。地図更新や一時的な交通規制情報をクラウド経由で同期し、車両負荷を軽減する設計は、都市条件の変化対応を制度的に内包します。将来的な広域化は、都市間連携と標準の統合度合いに依存します。

7. 相互補完の可能性

両者の設計思想は対立ではなく補完関係に置けます。車両単体の自律性能を磨くアプローチは、インフラ依存が難しい地域や長距離物流に適合し、インフラ協調は都市内の複雑交通における社会的最適化に適します。国や都市は、用途ごとの最小全体コストが小さい組合せを選択し得ます。今後は、車両側の学習進化とインフラ側の高度化が双方向で影響し合うハイブリッド化が主流になる可能性があります。

8. 現時点の要約

実運用の現物に限れば、アメリカはWaymoが都市内レベル4で先行し、物流では無人商用運行が開始されています。中国は都市パイロットの拡大で複数社がフルドライバーレスの有料運行を進め、量産レベル2の広範普及とインフラ協調で下支えされています。いずれも全域での制約なきレベル5には達しておらず、制度、社会受容、安全データの可視化が普及の前提である点は共通です。


エビデンス一覧(URL)

【アメリカ】
Waymo 公式ブログ(週25万件、有料運行都市と拡大計画)
https://waymo.com/blog/2025/05/scaling-our-fleet-through-us-manufacturing

AAA 自動運転に関する世論調査 2025年2月
https://newsroom.aaa.com/2025/02/aaa-fear-in-self-driving-vehicles-persists/

NHTSA による Tesla FSD 調査開始の報道
https://www.reuters.com/business/autos-transportation/us-opens-probe-into-28-million-tesla-vehicles-over-traffic-violations-when-using-2025-10-09/

Aurora 無人商用トラック運行開始 プレスリリース
https://ir.aurora.tech/news-events/press-releases/detail/119/aurora-begins-commercial-driverless-trucking-in-texas-ushering-in-a-new-era-of-freight

Aurora 無人運行の報道 The Verge
https://www.theverge.com/news/659518/aurora-autonomous-truck-first-delivery-texas

Aurora 無人運行の報道 Houston Chronicle
https://www.houstonchronicle.com/news/houston-texas/transportation/article/aurora-self-driving-trucks-texas-highways-launch-20304449.php

Aurora 無人運行の報道 New York Post
https://nypost.com/2025/05/28/business/aurora-driverless-trucks-have-logged-1200-miles-in-texas/

Cruise 事故関連 虚偽報告認定の報道 NBC Bay Area
https://www.nbcbayarea.com/news/local/san-francisco/cruise-admits-filing-false-report-robotaxi-dragged-san-francisco-pedestrian/3710410/

【中国】
工業信息化部 20都市 車路雲一体化 パイロット指定の報道
https://www.reuters.com/business/autos-transportation/china-designates-pilot-areas-vehicle-road-cloud-integration-smart-cars-2024-07-03/

UNECE 提出資料 2025年1月 GRVA-21-48(パイロット都市、導入台数等)
https://unece.org/sites/default/files/2025-01/GRVA-21-48e_0.pdf

UNECE サマリーページ(同資料の掲載ページ)
https://unece.org/transport/documents/2025/01/informal-documents/china-development-vehicle-road-cloud-integration-0

Baidu Apollo Go 24時間運行プレスリリース
https://www.prnewswire.com/news-releases/baidu-launches-chinas-first-247-robotaxi-service-302084097.html

Baidu 武漢空港 ドライバーレス運行プレスリリース
https://www.prnewswire.com/news-releases/baidu-becomes-first-in-china-to-offer-driverless-airport-rides-301910249.html

Pony.ai 深圳 南山区 完全無人商用許可(IR)
https://ir.pony.ai/news-releases/news-release-details/pony-ai-inc-expands-fully-driverless-commercial-robotaxi

Pony.ai 上海 浦東新区 完全無人商用許可(IR)
https://ir.pony.ai/news-releases/news-release-details/pony-ai-inc-among-first-receive-permit-fully-driverless

Pony.ai 関連報道 Automotive World
https://www.automotiveworld.com/news-releases/pony-ai-inc-among-the-first-to-receive-permit-for-fully-driverless-commercial-robotaxi-services-in-shanghais-pudong-new-area/

Pony.ai 関連報道 Autonomous Vehicle International
https://www.autonomousvehicleinternational.com/news/robotaxis/pony-ai-expands-robotaxi-service-to-shenzhens-nanshan-district.html

5GAA V2X State of Play in China II 2025年 技術レポート PDF
https://5gaa.org/content/uploads/2025/02/5gaa-tr-wi-v2x-china-sop-ii-v1.5-clean-0221.pdf

5GAA 同レポートの告知ページ
https://5gaa.org/v2x-state-of-play-in-china-ii/

中国の新車販売・普及動向の参考統計 People.cn
https://en.people.cn/n3/2025/1014/c90000-20376867.html

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