AI作曲と表示すると「幸福感が上がる」。シンガポールの実験が示した予想外の結果

AI作曲と表示すると「幸福感が上がる」。シンガポールの実験が示した予想外の結果

1. どんな研究か

● 論文情報
・タイトル:Do listeners devalue AI-generated pop music? Exploring negative biases in listeners’ responses to AI-labelled vs human-labelled pop music
・著者:Suqi Chia, Andree Hartanto, Eddie M. W. Tong
・掲載誌:Computers in Human Behavior: Artificial Humans

● 研究の目的
AIが作った音楽は「感情が薄い」「冷たい」と見られがちで、
「AIが作った」とラベルを付けた途端に評価が下がるのではないか、という懸念がありました。

この研究は、
「同じAI生成ポップソングでも、 『人間作曲』と表示した場合と『AI作曲』と表示した場合で、評価は変わるのか」
を実験で確かめたものです。

● 実験デザイン(要点)

  1. 参加者
    ・シンガポールの大学生 64人
    ・平均年齢は約20歳、多くがポップス好き(83パーセントがポップを上位3ジャンルに挙げる)
  2. 刺激(楽曲)
    ・Suno AI を使って、ボーカル入りのポップソングを8曲生成
    ・全て同じプロンプト
    「pop genre, happy and chill」
    ・男女ボーカルが半々
    ・各曲のサビ部分30秒だけを聴かせる
  3. ラベリングの操作
    ・8曲のうち4曲には「人間作曲」、残り4曲には「AI作曲」と表示
    ・どの曲にどのラベルを付けるかは、参加者ごと・曲ごとにランダム
    ・作曲者名も架空で
    – AIっぽい名前(例:TuneSoft)
    – 人間らしい名前(例:Victoria Moore)を使い分け
  4. 評価項目
    各曲を聴いたあと、次のような項目を評点してもらいました。
    1. ・どれくらいその曲が好きか
      ・感情反応(幸福感、興味、畏敬の念、エネルギー)
      ・感覚的な印象(どれくらい没入できたか、イメージが浮かんだか など)
      ・もう一度聴きたいか(再体験欲求)
      ・購入意欲

● 仮説
研究者たちは当初、次のような「ネガティブバイアス」が存在すると予想していました。
「AI作曲」とラベルが付くと
– 好き度、
– クオリティ評価、
– ポジティブ感情、
– 没入感やイメージ喚起、
– 再生したい気持ちや購入意欲
などが総じて低くなるだろう、という想定です。


2. 主な結果:AIラベルはマイナスどころか、むしろプラス

結果は、直感とはかなり逆でした。

  1. ネガティブバイアスは見つからなかった
    ・「AI作曲」と表示された曲が、
    「人間作曲」と表示された曲より明らかに低く評価される、といった傾向は確認されませんでした。
  2. むしろポジティブ感情は AIラベルの方が高かった
    ・幸せな気分、興味、畏敬の念、エネルギーといった
    ポジティブ感情の指標では、
    「AI作曲」と表示された方が有意に高いスコアを示しました。
  3. それ以外の指標は「ほぼ差がない」
    ・好き度、クオリティ、没入感、イメージ喚起、購入意欲などは、
    AIラベルと人間ラベルの間で統計的に意味のある差は見られませんでした。
  4. 著者らの結論
    ・AI作曲ラベルは、少なくともこの条件・この対象においては
    「感情面でプラスに働いた」可能性がある
    ・AI音楽に対する受容性は、従来想定されていたほど低くないかもしれない
    という形で論文はまとめています。
  5. 制約
    ・参加者はシンガポールの大学生に限定
    ・サンプルも64人と比較的小規模
    ・ジャンルはポップス、曲は全て Suno AI 生成の「ハッピーでチル」な楽曲という条件に絞られている
    ため、他の年代や文化、ジャンルにそのまま一般化できるわけではないと論文でも慎重に述べられています。

3. 世界の報道・分析はどう伝えているか

現時点で、この研究を明確に取り上げているのは主に PsyPost です。

3-1. PsyPost の論調

PsyPost の記事は、以下のポイントを強調しています。

  1. 期待とは逆の結果
    ・「AIラベルが付くと評価が下がる」という、既存研究や世間のイメージに反してAIラベルがポジティブ感情を高めたことを前面に出しています。
  2. 感情面に限定された効果
    ・AIラベルは感覚的・体験的な没入感や購入意欲などには大きな影響を与えず、主に「気分が上がるかどうか」という感情評価に効いていたことを説明しています。
  3. 若年層ポップスファンという条件付きの知見
    ・シンガポールの大学生という限定的なサンプルであることを明記し、他文化や他世代には異なる傾向がありうると指摘しています。
  4. 「AI音楽は想像以上に受け入れられているかもしれない」
    ・結論部分では、AI音楽に対する受容性が過小評価されてきた可能性を示唆していますが、あくまで研究結果の枠内にとどめる慎重なトーンです。

3-2. 他メディア・文脈での扱われ方

Ground News などのニュースまとめサイトでは、「AIラベルがネガティブな偏見を生まなかった」というポイントを短く要約して紹介しています。

一方で、既存の研究文脈では「AIコンポーザー・バイアス(AI作曲と聞くと評価が下がる)」を示した研究も複数存在します。

・AIが作曲したと知らせると、同じ曲でも「好み度」が下がる傾向を示した研究
・AI生成のアート作品が、人間作品よりも「創造性が低い」と評価された実験
などがあり、今回の研究はそれらとは異なる結果を示した位置づけになります。

ただしこれらは「別の文脈での研究」であり、
今回のシンガポールのポップソング実験がそれらを全面的に否定するわけではなく、

・国や文化
・音楽ジャンル
・参加者のAIへの態度

によって、AIラベルへの反応が変わる可能性を示す一例として扱われています。


4. 考察

この研究が示しているのは、
「AIコンテンツだから売れない」「AIと書くと嫌われる」という前提が、
少なくとも一部の若いリスナーに対してはそのまま当てはまらない可能性がある、ということです。

特にポップミュージックのような
「新しさ」や「遊び心」が評価されやすい領域では、

・AIらしさそのものが興味やワクワク感を生み
・「AI作曲」というラベルが、ブランドの一部になりうる

という逆転の可能性を示した、という意味で
今後のクリエイターやレーベルの戦略に影響を与えるかもしれません。

もちろん、これはシンガポールの大学生を対象にした
一つの実験にすぎません。

しかし
・AI作品は必ず感情的に冷たく受け取られる
・AIラベルは必ずマイナスに働く
という「思い込み」に、最初の亀裂を入れるデータと言えます。

これから私たちが問われるのは、
「AIが作ったかどうか」だけで作品を判断するのではなく、

・どんな体験を与えてくれるのか
・誰にとって、どんな文脈で価値があるのか

という視点で、人間とAIの共作時代の音楽を評価していくことなのかもしれません。

この研究結果は、「AIは創造性においても人間を超える」ことのエビデンスであるとも言えます。
改めて、AIと私たち人間との境界線・役割をこれまで以上に真剣に考える必要性を教えてくれる大事な事例ではないでしょうか?


参考URL(一次情報・報道)

  1. Suqi Chia, Andree Hartanto, Eddie M. W. Tong,
    “Do listeners devalue AI-generated pop music? Exploring negative biases in listeners’ responses to AI-labelled vs human-labelled pop music,”
    Computers in Human Behavior: Artificial Humans, Volume 6, 2025, 100217.
  2. PsyPost,
    “An ‘AI’ label fails to trigger negative bias in new pop music study,” 2025年11月30日公開。
  3. Ground News,
    “An ‘AI’ label fails to trigger negative bias in new pop music study”(PsyPost 記事の要約)。
  4. Ansani, A. et al.,
    “AI performer bias: Listeners like music less when they think it was performed by an AI.”
  5. Ragot, M. et al.,
    “AI-generated vs. human artworks. A perception bias towards artificial intelligence?,” CHI 2020 Extended Abstracts.

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