欧州が「環境破壊は犯罪だ」と宣言 ー環境犯罪条約は何を変えるのか

欧州が「環境破壊は犯罪だ」と宣言

はじめに

2025年12月3日、欧州連合(EU)とポルトガル、モルドバが、環境破壊を刑事犯罪として扱う国際条約に正式署名しました。
条約名は「環境保護のための刑法に関する欧州評議会条約」です。

この条約は、2024年に採択されたEUの「環境犯罪指令」を国際的に補完するもので、
これまで行政処分や民事罰にとどまることが多かった環境違反を、刑法の領域へ押し上げる大きな転換点とされています。


1. 新条約で何が決まったのか

1.1 誰が署名したのか

・条約は2025年5月14日に欧州評議会が採択
・2025年12月3日に署名が開放され、初日に
 EU
 ポルトガル
 モルドバ
 が署名したと公表されています

条約発効には
10か国の批准(うち8か国が欧州評議会加盟国)
が必要です。


1.2 何を「環境犯罪」とするのか

欧州評議会の公式情報によると、次の行為が刑事責任の対象として定義されています。

・有害化学物質、放射性物質、水銀、フロン類などによる違法汚染
・危険廃棄物の違法処分や輸送
・危険物施設の基準違反運転や不適切な閉鎖
・違法な鉱山開発
・船舶リサイクルの環境基準違反や違法排出
・違法伐採木材の取引
・野生動植物や生息地の違法捕獲、破壊、取引

これらは、意図的行為または重大な過失がある場合に犯罪として扱われます。


1.3 「特に重大な犯罪」の扱い

条約は、
広範囲で、長期的、または事実上不可逆的な環境破壊
を引き起こす行為を「特に重大な犯罪」として扱う枠組みを認めています。

市民団体や法律家の分析では、この部分は国際的に議論されている
エコサイド(大規模環境破壊犯罪)
の定義に近いとされています。
ただし、条約本文に「エコサイド」という語は明記されていません。


2. 企業と個人はどんな責任を負うのか

2.1 企業への制裁(EU指令による最低基準)

EU環境犯罪指令は、法人に対し以下の制裁を求めています。

・法人への高額罰金
 重い犯罪では
 売上高の5パーセント または 4,000万ユーロ以上
 その他の犯罪でも
 売上高の3パーセント または 2,400万ユーロ以上
・事業の一時停止または恒久停止
・許認可の取り消しや新規許可の拒否
・環境の原状回復義務
・環境コンプライアンス体制の整備義務

許認可が形式的に存在していても、
その許可自体が環境法規と明らかに矛盾する場合は、
企業が刑事責任を問われる可能性がある点が特徴です。


2.2 経営者を含む個人への刑事罰

環境犯罪指令では、自然人への刑事罰として

最大10年の自由刑

を認めています。

また、
・企業の利益のために環境犯罪を行った場合
・監督や管理を怠ったことで犯罪が発生した場合

には、法人と個人双方が責任を負う仕組みです。


3. 国境を越える環境犯罪への対応

条約は、環境犯罪が国境を越えて発生することを踏まえ、以下を盛り込んでいます。

・捜査機関どうしの協力、証拠共有
・統計データの収集と共有
・被害者、証人、内部告発者の保護
・国外での自国民による犯罪や、自国船籍での犯罪に対する域外管轄権

欧州委員会は、環境犯罪が組織犯罪と結びつきやすく、
従来の制度では捜査と起訴が不十分だったと説明しています。


4. 専門家や団体の評価

4.1 前向きな評価

・欧州委員会は、欧州内だけでなく域外にも刑法基準を広げる重要なステップと評価
・環境団体は、拘束力のある初の国際枠組みとして大きな進展と位置づける

4.2 企業法務の観点

法律事務所やシンクタンクの分析では、以下が指摘されています。

・犯罪類型の増加
・法人罰の大幅な強化
・許認可があっても違法行為とみなされる可能性
・企業はコンプライアンス強化を迫られる

4.3 課題としての指摘

・1998年の類似条約が発効しなかった前例
・各国の捜査リソース不足により、条約だけでは実効性が限定される可能性


5. この条約は何を変える可能性があるのか

5.1 行政処分中心から「刑事責任中心」へ

環境違反を行政罰中心で扱ってきた従来の流れを大きく転換し、
刑事罰の対象として扱うことを明確にしました。

5.2 企業にとっての環境リスクが「経営の根幹」に

罰金額の大幅強化、事業停止、経営者個人の刑事罰などにより、
環境リスクは単なるコンプライアンスコストではなく
重大な経営リスクへと位置づけが変わります。

5.3 国際的な捜査協力と共通基準の形成

条約は加盟国以外にも開かれており、
EUの環境刑法基準が国際標準となる可能性があります。


6. 今後のポイント

・どの国が批准し、発効要件の10か国に到達するか
・EU加盟国が2026年5月までにどのように国内法化するか
・実際の捜査件数や有罪判決が増えるかどうか

これらは、環境刑法が実務として機能するかどうかを左右する重要な指標です。


参照情報(一次情報・主要分析)

  1. Council of Europe
    New Council of Europe convention marks milestone in the fight against environmental crime
    https://www.coe.int/en/web/portal/-/new-council-of-europe-convention-marks-milestone-in-the-fight-against-environmental-crime
  2. Council of Europe
    Protection of the Environment through Criminal Law
    https://www.coe.int/en/web/cdpc/convention-on-the-protection-of-the-environment-through-criminal-law
  3. European Commission
    EU broadens its efforts to combat environmental crime
    https://environment.ec.europa.eu/news/eu-broadens-efforts-combat-environmental-crime-2025-12-03_en
  4. Directive (EU) 2024 1203
    Directive on the protection of the environment through criminal law
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32024L1203
  5. Norton Rose Fulbright
    The new EU Directive 2024 1203
    https://www.nortonrosefulbright.com/ja-jp/knowledge/publications/1ad9c021/the-new-eu-directive-2024
  6. Hogan Lovells
    The implementation of the Environmental Crime Directive will tighten environmental criminal law
    https://www.hoganlovells.com/en/publications/the-implementation-of-the-environmental-crime-directive-will-tighten-environmental-criminal-law
  7. Institute for European Environmental Policy
    A New EU Environmental Crime Directive
    https://ieep.uk/wp-content/uploads/2024/12/EU_Environmental_Crime_Directive_November_2024.pdf
  8. Worlds Youth for Climate Justice
    The Council of Europes new Convention on environmental crime
    https://www.wy4cj.org/legal-blog/the-council-of-europes-new-convention-on-environmental-crime-a-missed-opportunity-or-a-step-forward

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