AIは世界を再び分断するのか ーUNDP「次なる大分岐」レポートが示す深刻な警告

AIは世界を再び分断するのか

はじめに

AIの進化は、これまで「生産性を高め、世界をより豊かにする技術」と語られることが多くありました。とりわけ、個人の働き方改革や企業の競争力向上、都市のスマート化など、明るい未来図が強調されてきました。

しかし、国連開発計画(UNDP)が12月に公表したフラッグシップレポート
「The Next Great Divergence: Why AI May Widen Inequality Between Countries」
は、この楽観的な見方に強い警鐘を鳴らしています。

UNDPは、AIが適切に管理されなければ、先進国と途上国のあいだに「新しい大分岐」が生まれると断言しました。
これは過去50年間、世界が少しずつ縮めてきた国家間の所得格差が、AIによって再び拡大に転じるかもしれないという重大な問題提起です。

本記事では、UNDPの一次情報と、Reuters、AP、Al Jazeera など主要メディアの解説をもとに、この「次なる大分岐」とは何か、そしてなぜ世界で大きく議論されているのかを整理します。


UNDPレポートが示す「次なる大分岐」とは何か

UNDPは今回、AIが世界の不平等に及ぼす影響を、以下の3つの観点から分析しました。

1. 経済パフォーマンスの格差拡大

レポートによると、AIツールの利用者はわずか3年で12億人を超え、その約7割は開発途上国に住んでいます。
しかし
利用率で見れば先進国の3分の2に対し、途上国では5パーセント前後にとどまるという推計が示されています。

表面的には広く普及しているように見えても、
AIを価値創造に結び付けられる国はごく一部に偏るという構造が明らかになっています。

特に、

  • データセンター
  • 高性能計算資源
  • AIモデル開発企業
    など、付加価値の源泉が少数の国に集中している点をUNDPは強調しました。

2. スキルと人材の格差

AIが生産性を押し上げるには、教育やデジタルスキルが欠かせません。
しかし多くの途上国では、

  • STEM教育
  • データリテラシー
  • 行政や市民のAIリテラシー
    が圧倒的に不足しています。

UNDPは、「AIを使いこなす国」と「AIに使われる国」に二分される危険性を指摘しています。

3. ガバナンスの格差

AI利用をめぐるルール整備も国家間で大きく差があります。

  • データ保護法
  • アルゴリズムの透明性
  • 倫理規範
  • AIを行政サービスに組み込む能力

これらを整備できない国では、海外プラットフォーム依存が高まり、政治的な不安定さを招く可能性があるとUNDPは警告しました。


ジュネーブ会見で語られた「収斂から分岐へ」

レポート発表後、UNジュネーブで開かれた記者会見で、UNDPアジア太平洋局チーフエコノミストのフィリップ・シェレケンス氏は次のように述べました。

  • 「世界は過去50年、ゆっくりと収斂してきた」
  • 「しかしAIは、この流れを再び分岐の時代へと戻す可能性がある」

シェレケンス氏はさらに、

  • インフラが乏しい国
  • 電力網が脆弱な国
  • 教育制度が整わない国
    がAI競争で一気に取り残されるリスクを指摘し、

    「AIは国家間の構造格差を増幅する」

    と強調しました。

各メディアは何を強調したのか

1. Reuters:地政学的な不平等の時代へ

Reutersは、今回のレポートを
「AIが国家間の貧困格差を広げる可能性」
と大きく報じました。

特に以下を強調しています。

  • AIは先進国に生産性と富をもたらす一方、
    途上国の成長を抑制する
  • このズレは移民圧力、治安悪化、地域の不安定化につながる

つまり、AIは単なる技術問題ではなく、
地政学そのものを揺るがす要因として扱われています。

2. Al Jazeera:グローバルサウスからの強い危機感

Al Jazeera は、
「AIが新たな搾取構造を生み出す可能性」
という論調で報道。

  • 少数の国がAIの付加価値を独占する
  • グローバルサウスはデータと労働を提供するだけ
    という不均衡に対する懸念が語られています。

3. AP/ABC:弱者層が二重に不利になる

APやABC Newsは、国内格差にも焦点を当てています。

  • データにアクセスできない層は政策から置き去りにされる
  • インフォーマル労働者はAIに仕事を奪われやすい
  • 「統計に現れない人々」がより見えなくなる

AIが「弱者の可視性」をさらに下げる可能性を指摘しています。


なぜこれがトレンドを覆すのか

今回のUNDPレポートが注目されている理由は、AIをめぐる従来の語りを根本から覆す点にあります。

1. AIの利益は世界全体に広がる、という楽観論への反論

これまで一般的に共有されてきた物語:

  • AIが生産性を押し上げる
  • 企業が成長し、仕事が変わる
  • 個人も恩恵を受ける

しかしUNDPの分析はこう言います。

  • 国家レベルではむしろ格差を広げる方が確率的に高い

これは、国際社会全体にとって極めて重い指摘です。

2. 議論のスケールが「国家・地政学」に持ち上がった

これまで:

  • 個人の働き方
  • 企業の生産性
  • 都市のDX

といったミクロの話が中心でした。

これから:

  • 国家間の競争
  • AIインフラの偏在
  • 技術覇権
  • 移民問題や治安悪化

といったマクロで重たい議論に転換しています。


日本への示唆:なぜ重要なのか

日本はAIインフラ、スキル、人材の多くで先進国側に位置しています。しかし同じアジアの中には、AI時代の基礎インフラすら整わない国々も多数あります。

その結果、

  • 日本企業のサプライチェーン
  • 地域の政治安定性
  • 日本への移民圧力
  • 日本の外交・経済協力の方向性

こうしたテーマが、AIの格差によって変動する可能性が出てきます。

さらにODAや国際協力の領域では、
道路や電力といった従来の支援に加えて、
AIインフラ、デジタル教育、ガバナンス構築を支援する国が存在感を高める世界がやってきます。

日本がどの立ち位置で、どの国とどの分野で協力するのか。
その判断に直結するレポートといえます。


まとめ

UNDPの「次なる大分岐」レポートが突きつけたのは、AIが世界を豊かにする未来ではなく、
国家間の格差を歴史的に拡大させる未来の可能性です。

AI競争は、もはや企業や都市のレベルだけで語る段階を超え、
国家、地政学、国際秩序の再編の議論に入りつつあります。

この問題提起は、デジタル政策だけでなく、外交、安全保障、教育、産業戦略など、あらゆる政策領域に波及するものです。
日本にとっても、国際社会の中でどの役割を担うのかを考えるうえで、避けて通れないテーマとなっていくでしょう。


参照リンク(一次情報と主要報道)

UNDP レポート

UNジュネーブ会見

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