ロボットに本物の笑いは作れるか? ーオーストラリア発「AIコメディ」研究の現在地

AIは“笑い”を生み出せるか? オーストラリアで研究プロジェクト

背景:なぜ「AIで笑い」が注目されるか

人間にとって「笑い」は、単なる娯楽ではない。
タイミング、間、観客との反応、文脈、身体動作……といった複数要素が絡み合う、高度に社会的で文脈依存した行為だ。
だからこそ、「機械がジョークを作る/面白いと感じさせる」という試みは、AI研究の中でも最も挑戦的で、かつ象徴的なテーマのひとつだ。

これまでにも、言語ベースのジョーク生成や、会話中の笑いを返すロボットなどの研究はあった。
しかしそれらは、

  • 単語遊びやパターンマッチの域を出なかった
  • ロボットが転ぶなど「物理的ギャグ」による笑いに頼りがちだった

という限界があった。

そして今、「言葉」を超え、「身体・間・空気感」を重視するコメディ演出としてのAI/ロボットの研究が、オーストラリアで本格化している。


最新ニュース:メルボルン大学の挑戦

2025年12月7日、英語版 The Guardian が報じたところによると、
オーストラリアの University of Melbourne(メルボルン大学)の研究者 Robert Walton 教授(芸術・音楽学部所属)が、ロボットと AI による「非言語コメディ(ノンバーバル・コメディ)」の可能性を探るプロジェクトを始動しました。

  • プロジェクトには、オーストラリア研究協議会 (ARC) から約 $500,000 の助成金が交付。
  • 使用するロボットは、身長約 40 cm〜2 m の地上型ロボット約 10台。
  • 目的は「単なる物理ギャグ(転倒など)ではない、タイミング、観客とのインタラクション、感覚認識を含むコメディ演出」の学習。
  • 当面は言語を使わず、身体や動き、間で笑いを取るスタンドアップ/クラウン的なビジュアル・コメディを目指す

Walton氏は、ロボットに「耳」「目」「体の動きのセンサー」を与え、人間のように場を読み取る能力を育てようとしていると説明。
彼は「あたかも赤ん坊のように感覚だけを与えて、そこから世界の理解を形成させる」と表現しており、AIの感覚と演技の融合に挑む構えだ。

同プロジェクトの目的は、「ロボット版コメディ芸人を生み出すこと」ではなく、
人間と機械の相互作用/社会的信頼/ユーモアと操作性/倫理と影響力……といった問題を浮かび上がらせるためだという。

Walton氏も、ユーモアは「人をなごませる道具」であると同時に、「説得、操作、あるいは欺き」にも使われうるとし、「機械にユーモアを持たせることのリスク」にも慎重な視点を持っている。


過去の研究と、今回の新しさ

過去の試み

  • 日本のヒューマノイドロボット ERICA は、話し相手の笑いを感知し、一緒に笑ったり反応したりする機能を持つ。2000年代から「より人間らしい会話」を目指すプロジェクトの一環。
  • また、近年では言語モデル (LLM) を使ったジョーク生成システムも開発されており、たとえば Witscript では、会話の文脈からパンチラインを生成し、人間の評価者に「ジョークだ」と認められる割合を出している。
  • しかし多くの研究で、「生成されたジョークはどこか古臭かったり、ステレオタイプに依存しすぎたり」「言語だけでは観客との間や空気の読みが難しい」との限界が指摘されてきた。たとえば、LLM を用いた LLM × コメディ のワークショップで、参加コメディアンから「昔のテレビジョークのよう」「ひねりが足りない/偏見を助長する」といった批判が挙がっている。

なぜ今回のアプローチが重要か

今回のメルボルン大学の研究が新しいのは、

  • 言葉ではなく体と間にフォーカス
  • 観客とのリアルタイムな反応・感覚のやりとりを前提にする点
  • さらに、倫理性・社会性・操作への懸念も明示的に扱っている点

です。

つまり、従来の「テキスト生成AIによるジョーク合戦」「会話ボットの笑い返し」から一段進み、
身体性と場の感覚を通じたコメディという、人間にとって根源的なユーモアの条件への挑戦が始まった──という意味で、この研究は画期的だと言えます。


どこが「トレンド転換」の可能性か

この「ロボット × コメディ」の流れがうまくいけば、以下のような構造変化が起きる可能性があります:

  • コメディ/エンタメの形が拡張される
    → 人間芸人 + ロボットの共演、新しい舞台芸術の登場
  • ユーモアを使った「機械と人間の対話インターフェース」の進化
    → 高齢者ケアロボット、介護、教育、セラピーなど「心を動かす機械」の実用化
  • 社会的・倫理的議論の深化
    → ユーモアを武器にした「説得」「操作」「感情誘導」のリスク管理が必要に

特に後者は重要で、「機械によるユーモアが、エンタメを超えて社会インフラになる可能性」を示しています。


懸念と限界 ―「本物の笑い」は再現できるか?

ただし、懐疑的な声も多い。報道の中で指摘されている課題は次の通りです。

  • 本当のコメディは「人間の欠陥・経験・矛盾・文脈の皮肉」から生まれる――ロボットに「欠陥」や「人生経験」はない、という根源的な問題。
  • ロボットの動きや感覚にどこまで人間らしさを与えても、「オートマトンである」ことから抜けられない可能性。
  • ユーモアが「操作」「洗脳」「感情誘導」の道具になるリスク。研究者自身も、この倫理的側面を重視している。

また、過去のテキストベースのジョーク生成研究でも、ジョークはしばしばステレオタイプや偏見を再生産することが明らかになっており、
「機械のユーモア=安全ではない」という警鐘も示されています。


🔹 なぜ今、この研究が注目されるのか

  • LLM の進化と汎用化により、ジョーク生成や対話はかなり手軽になってきた。
  • しかし、AIの 言葉 による笑いは、まだ「機械っぽさ」が残る。
  • だからこそ、「身体 × センサー ×文脈認識 ×タイミング」 といった、より根源的な笑いの要素を機械に学習させよう、という次のステップが求められていた。

メルボルン大学版の研究は、まさにその次のステージへのチャレンジであり、成功すれば「機械と人間のあいだの新しい関係性」を切り開く可能性を秘めている。


結論:「笑い」は人間だけの特権か、それとも機械にも宿るか

「ロボットは転ぶからウケる」「AIは言葉でジョークを生成できる」――これまではどちらも一歩手前の笑い。
しかし今回の研究は、「機械が観客と空気を読み取る」「間を知り、リアルタイムで感情に反応する」という、笑いの本質に迫ろうとする試みです。

成功すれば、

  • エンタメの形そのものが変わる
  • ケア、教育、対話インターフェースなど「人間らしさ」が重視される分野に応用される
  • そして「ユーモア=人間だけのもの」という前提が揺らぐ

そんな未来が見えてきます。

もちろん、倫理や透明性、責任の問題は残る。
しかし「機械と人間の境界」「クリエイティビティの意味」「感情と信頼の媒介」といった根源的テーマに、
このコメディ研究は問いを投げかけています。

「本当の笑い」は、人間の専売特許か。あるいは、機械にとっての新しい人間らしさの扉か。
その答えを知るには――しばらく、彼らの挑戦を見守る必要がありそうです。

参照情報一覧(一次情報・関連記事)

The Guardian(一次報道)

  1. A robot walks into a bar: can a Melbourne researcher get AI to do comedy?
    https://www.theguardian.com/technology/2025/dec/08/ai-comedy-can-robots-be-funny

ロボットの笑い・会話研究(ERICA など)

  1. Guardian:Humanoid robot ERICA learns to laugh naturally
    https://www.theguardian.com/technology/2021/jul/20/humanoid-robot-erica-learns-to-laugh-naturally
  2. Nature:ERICA – laughter in human–robot interaction(研究概要)
    https://www.nature.com/articles/s42256-021-00371-7

AI × コメディに関する学術研究(LLM のジョーク生成など)

  1. Witscript:AI comedy and joke generation(論文情報)
    https://arxiv.org/abs/2402.17197
  2. Large Language Models and Comedy Workshops(学術研究)
    https://dl.acm.org/doi/10.1145/3610978.3640661
  3. LLM Humor Analysis / Bias Concerns(関連研究)
    https://arxiv.org/abs/2311.01286

AI によるジョーク生成の限界・文化的偏り

  1. “Computational Humor: State of the Art” Review Paper
    https://arxiv.org/abs/2101.00573

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