モジュラーバイオセンサーとは何なのか? ー医療やウェアラブルを変える新たな技術

はじめに

あなたは今、何かを「測る」道具をいくつ持っていますか?

体温計、血圧計、スマートウォッチの心拍センサー……。少し前まで病院にしかなかったものが、今は家やリストの上にあります。

ではこれから10年後はどうでしょう。汗を測るだけで脱水具合がわかる。呼気で感染症を判定できる。血を一滴たらせばスマホが血液検査の結果を返してくる。そんな世界が、SF話ではなく研究室の「次のステップ」として語られています。

その鍵を握る技術の一つが、「モジュラーバイオセンサー」です。聞き慣れない言葉ですが、発想はとてもシンプルです。


センサーを「作り直す」のをやめる

バイオセンサーとは、生体から何かを検出するセンサーのことです。血糖値を測る、ウイルスを見つける、特定のタンパク質の量を知る——こうした「生き物に関わる何か」を検出する道具、と思ってください。

いま世界中の研究室で、このバイオセンサーを「より速く、より広く、より安く」作ろうとしています。しかし問題がありました。

測りたいものが変わるたびに、センサーをゼロから作り直さなければならない。

たとえばインフルエンザを検出するセンサーを作ったとします。次にコロナウイルスを検出したいと思ったら? そのまま使い回せません。ターゲットが変わった瞬間に、また一から設計が始まります。これは時間もコストも膨大にかかります。

そこで生まれた発想が「センサーを部品に分けて、必要な部分だけ差し替えよう」というものです。

これがモジュラーバイオセンサーの考え方です。

「モジュラー」とは「部品化された」という意味。家具で言えばIKEAのような、組み合わせて使える構造です。


センサーは、実は3つの部品でできている

ここで少しだけ中身を見てみましょう。バイオセンサーは、大きく3つの役割に分かれています。

まず「認識する部品」。
これは「測りたいものをピンポイントで見つける」担当です。抗体や酵素などがここに入ります。鍵穴に鍵を差し込むように、特定の物質だけに反応します。

次に「信号に変える部品」。
認識した結果を「電気信号」や「光」に変換します。人間が読める形にする翻訳係です。

最後に「読み取る部品」。
スマホやリーダー端末がここにあたります。信号を受け取って数値や結果を表示します。

この3つを組み合わせたものがセンサーです。そして、モジュラー化とは「この3つをバラバラに交換できるようにしよう」ということ。

たとえば「認識する部品」だけを取り替えれば、同じ機械でインフルエンザもコロナも測れるかもしれない。読み取る部品をスマホに共通化すれば、センサーだけ交換して使い回せる。そういう世界を目指しています。

イメージしやすい例で考えてみると・・・

スマートフォンは、本体(画面・通信・電池)は共通で、アプリだけ増やせる構造になっています。カメラのアプリを入れれば写真が撮れる。地図アプリを入れればナビになる。でも本体を買い直す必要はない。

モジュラーバイオセンサーが目指しているのも、これに近い発想です。
「本体(読み取る機械)は共通で、センサー部分だけ差し替えていろんなものを測れるようにしよう」ということ。

研究の世界では今、これが真剣に取り組まれています。


最先端で起こっていること

分子を「部品」として設計する

2021年、科学誌『Nature』に興味深い研究が掲載されました。

タンパク質をコンピューターで設計し、「この物質に反応する認識部品」を自在に作り出す、というものです。

これは「ターゲットが変わったら、設計データを変えて部品を作り直せばいい」という発想です。職人の勘や偶然に頼らず、設計図を書き換えるだけでセンサーの用途が変わる。センサー開発が、ある意味でソフトウェア開発に近くなっていくイメージです。

カートリッジを「使い捨て」にする

もう一つの方向性が、試料を入れる部分(カートリッジ)の交換式化です。鼻腔スワブや唾液をカートリッジに入れ、本体にセットして検査する —コロナ禍の抗原検査キットを思い浮かべてもらえるとわかりやすいと思います。

モジュラーバイオセンサーはこれを進化させ、「カートリッジを変えるだけで、別の疾患も検査できる」構造を目指しています。

機械は同じ、カートリッジだけ交換。

インフルエンザのカートリッジも、アレルギーのカートリッジも、同じリーダーで読める。2025年の『Science Advances』に掲載された「TLISA」という手法はその方向性の一例です。

「育てる」デバイスに

アップルウォッチなどのウェアラブルデバイスは今、測れるものをどんどん増やしています。でも、新しい項目を追加するたびにデバイス全体を設計し直していたら、コストも時間も追いつきません。

そこで「センサー部分だけ後から追加・交換できるウェアラブル」の研究が進んでいます(ACS Sensors 2025 など)。「今日から花粉も測りたい」となったら、センサーパッチだけ付け替えればいい。育てられるデバイス、という感覚に近いでしょうか。


「交換ビジネス」への転換

こうした技術が面白いのは、科学の話だけでなく、ビジネスの構造まで変えてしまう点です。

プリンターを思い出してください。本体は安くしておいて、インクカートリッジで稼ぐ。あの構造です。モジュラーバイオセンサーも、本体(リーダー機)を共通にして、センサーモジュールや検査カートリッジを継続的に販売するビジネスが成立しやすくなります。

特許の世界でも、「交換式センサー+共通リーダー」という構造はすでに出願されています(例WO2019183279A1)。研究室の発見が、製品の設計として固まりつつあるということです。


現在の課題

ここまで読んで「すごい、すぐ実現しそう」と思った方、少しだけ現実も知っておいてください。

一番の難関は「生き物は条件が変わりやすい」という点だそうです。
汗の量、体温、食事、運動——これらが変わると、同じセンサーでも値がずれてしまいます。モジュールを交換するたびに「校正(ズレを補正する作業)」が必要になり、これが地味に難しい。

もう一つは「試料の前処理」。
血液や唾液をそのままセンサーに乗せても、きれいに測れないことが多い。「どう取り出し、どう安定させるか」という前処理が、センサー本体より難しいことさえあります。

そして「共通の規格が必要」という問題もありそうです。
違うメーカーのセンサーが同じリーダーで使えるためには、インタフェースを統一しないといけない。これは技術の話というより、業界全体での取り決めの話であり、どうしても時間がかかってしまいます。


今後の可能性

研究や特許の動きを見ていると、次に注目されそうな領域がいくつか浮かび上がります。

在宅・現場での検査(POC診断):
ここは、コロナ禍で一気に普及した抗原検査の延長になるかと思います。共通のリーダー+使い捨てカートリッジというのは、まさにモジュラーの得意分野です。感染症だけでなく、糖尿病や腎臓病の在宅管理にも応用が期待されます。

スポーツや健康管理のウェアラブル
ここも有望です。汗からナトリウムや乳酸を測れるようになると、アスリートのコンディション管理が変わります。農業や工場での環境センサーへの応用も研究されているそうです。

これらの動きから、長い目で見るとセンサー開発は「設計と量産」の産業になるという変化が起きるのではないでしょうか。新しいウイルスが現れたとき、認識部品の設計データを更新し、工場で量産する。薬の開発と同じような流れが、センサーにも来る可能性があります。


まとめ

モジュラーバイオセンサーとは、センサーを「部品に分けて交換できる構造」にすることで、開発を速く・広く・安くしようという発想です。

スマホとアプリのように、本体は共通で、センサーだけ差し替えていく。そういう世界が、少しずつ形になりつつあります。

測れるものが増えるということは、私たちが自分の体や周囲の環境について知れることが増えるということです。それが医療の現場を変え、日常生活を変え、さらには新しい産業を作る——そんな可能性を、地味だけれど確実に広げているのが、このモジュラーという考え方です。

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参考資料

  • Nature 2021(de novo タンパク質設計によるモジュラーセンサー) https://www.nature.com/articles/s41586-021-04111-9
  • Nature Nanotechnology 2024(柔軟なモジュラーセンサープラットフォーム) https://www.nature.com/articles/s41565-024-01605-7
  • Science Advances 2025(TLISA:セルフリー検出のモジュラー化) https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adr8060
  • ACS Sensors 2025(モジュラー&リコンフィギュラブルなウェアラブル) https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acssensors.4c03325
  • 特許 WO2019183279A1(交換式センサーモジュール+共通リーダー) https://patents.google.com/patent/WO2019183279A1
  • Phys.org / EurekAlert(研究成果ニュース) https://phys.org / https://www.eurekalert.org
  • TechCrunch / Elektor(BITalino モジュラー生体信号キット関連) https://techcrunch.com / https://www.elektor.com

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