中小企業DXの失敗の正体 ②
そのツール、本当に必要ですか。問題は製品ではなく導入の順番にある
前回は、DXを進めているのに現場が変わらない、という違和感から話を始めた。
ツールは入っている。
説明もされている。
一応、使ってもいる。
それなのに、仕事の骨格はほとんど変わらず、現場には二重運用と静かな疲弊だけが残る。
あの状態は、単なる定着不足ではない。
もっと手前で、何かがずれているサインである。
では、そのずれの正体は何なのか。
多くの人は、そこで製品の話を始める。
機能が足りなかったのではないか。
使い勝手が悪かったのではないか。
現場に合わなかったのではないか。
もちろん、それらが無関係なわけではない。
だが、中小企業DXの失敗を本当に深く読み解くなら、問題は製品比較のところにはない。
それは、もっと前にあるのだ。
この回で扱いたいのは、そこだ。
なぜ多くの中小企業DXは、始まる前から失敗に向かってしまうのか。
なぜ、真面目に取り組んでいるのに、最後には手応えの薄い導入だけが残るのか。
その理由は、ツールの良し悪しよりも、考える順番にある。
多くのDXは、考える順番が逆になっている
本来、DXに限らず、意思決定には順番がある。
あたり前のことだが、ここが一番肝心なところなので丁寧に考えてみたい。
まず、自社のどこに詰まりがあるのかを見る。
どこで情報が止まり、どこで判断が遅れ、どこで属人化が起き、どこで無駄な負荷が生まれているのかを見る。
現状把握というやつだ。
次に、その中で何がもっとも大きな課題で、何を先に解決しなければならないかを見極める。ボトルネックがどこにあるかを把握するのである。
そしてその後に、手段の洗い出しから比較に入る。
人(採用など)で解くのか。
教育するのか。
業務の流れを変えるのか。
仕組みにするためにツールを使うのか。
この順番が、本来の姿である。
DXに限らず、あらゆる場面でこのやり方をしているはずである。
ところが、中小企業のDXでは、しばしばこれが逆になる。
最初に候補が来る。
提案が来る。
周囲の導入事例が耳に入る。
補助金の情報が来る。
そして、何を解くべきかが十分に整理されないまま、何を入れるかの話が始まる。
この順番の逆転は、もしかしたら小さな違いに見えるかも知れない。
だが、実際にはここが本質である。
なぜなら、課題が曖昧なまま手段の比較に入ると、その時点で判断軸が失われるからだ。
たとえば、営業が弱いという感覚があるとする。
だが、その原因は本当に顧客管理できていないことが問題なのか。
提案内容の標準化ができていないからではないのか?
案件進捗の共有が弱いからではないのか?
社長依存が強すぎるからではないのか?
既存顧客へのフォロー体制がないからではないのか?
営業スキル教育が出来ていないからではないのか?
ここが分からないまま営業支援ツール(顧客管理ツール)の比較に入っても、何が良いツールなのかは決められていない。
決めているようで、まだ決める土台がない。
採用でも同じである。
採用が上手くいっていなとき、その原因は母集団の形成が問題なのか。
会社の魅力を発信できていないからではないのか?
選考フローが曖昧だからではないのか?
入社後の定着の問題ではないのか?
教育体制ではないのか?
そこが分からないのに、人事管理ツールを入れれば解ける話なのだろうか。
この順序を飛ばしてしまえば、導入はしても上手くいくはずがない。根本解決にはならないのだから。
つまり、多くの中小企業DXでは、
考えるべきことがまだ定まっていない段階で、すでに答え候補の比較が始まってしまっている。
ここに最初の構造的な失敗がある。
ツールは答えであって、出発点ではない
ここで改めて確認したいのは、ツールの位置づけである。
ツールは悪くない。
むしろ、適切に使えば非常に強い。
情報を整理できる。
共有できる。
見える化できる。
検索できる。
抜け漏れを減らせる。
再現性を高めることもできる。
使い方が正しければ、強力な武器になるし、十分な価値がある。
しかし、価値があることと、必要かどうかは別問題である。
ツールは、課題が定まったあとに初めて意味を持つ。
何を改善したいのか。
何を標準化したいのか。
何を見えるようにしたいのか。
どこで情報を残し、誰がどのタイミングで使うのか。
その前提が定まっているとき、初めてツールの比較は意味を持つ。
逆に言えば、その前提が曖昧なままでは、どれだけ丁寧に比較しても、本質的には比較にならない。
有名かどうか。
画面が見やすいかどうか。
料金が高いか安いか。
補助金対象かどうか。
こうした比較はできる。
だが、それはあくまで製品情報の比較であって、自社にとって必要かどうかの比較ではない。
もっと掘り下げると
自社に必要かの比較っぽいことはできる
効果があるかどうか似たような製品同志で比べることはできる
そのツールがもたらす些細な課題解決の効果は比較はできる。
けれども、それは本来必要な課題解決ではない(正確には本来必要な課題解決かどうかは分からない)。
ここを取り違えると、意思決定は一気に危うくなる。
比較したつもりになる。
検討したつもりになる。
複数社の話も聞いたから納得感も出る。
だが、本当に重要な問い、つまり、自社は何を解こうとしているのかという問いが空白のままだと、その検討はかなり表面的なものになりやすい。
本来、ツールは答えである。
何かを解くための答えであり、改善の手段であり、整理された課題に対する具体策である。
ところが中小企業DXでは、その答えが出発点に置かれてしまう。
この逆転が起きた瞬間に、DXはかなり高い確率で迷走し始める。
なぜ順番が逆になると、失敗しやすくなるのか
順番の逆転は、どうして危険なのか?
それは以下の理由により、ほぼ確実に失敗が起きやすくなってしまうからである。
まず、導入の目的が曖昧になる。
何のために入れるのかが曖昧だと、導入後に何をもって成功とするかも曖昧になる。
先ほどの例を使うと、
もともと、営業を強化したいと漠然と思っていたのに、
顧客管理をすることが目的になってしまう
実は営業は全く強化されずに売上も上がっていないのに、営業を強化するという目的が、いつの間にか顧客管理するこという目的にすり替わってしまうのである。
この違いが曖昧なままだと、現場は何のためにツールを入れたのか分からなくなってしまう。
次に、評価が曖昧になる。
導入したあとに、現場からいろいろな声が出る。
面倒だという声もあれば、慣れるまでやってみようという声もある。
情報が見やすくなったという人もいれば、使いづらくなったという人もいる。
だが、そもそも導入の目的が明確でなければ、それらをどう判断したら良いかも揺らいでいってしまう。
そして最後には、使いにくいか、使いやすいか、好きか、嫌いかという感覚論に流される。
そして最後に、現場にしわ寄せがくる。
目的や評価がどんなに曖昧でも、現場ではそれを受け止める以外に選択肢がない。
例外対応が多くても、現場は回さなければならない。
旧来のやり方からの切り替えも、新旧の並走も、全て現場で起こることである。
つまり、順番の逆転による悪さは、全て最後には現場の負荷となって現れてしまう。
この意味で、順番の問題はやっかいである。
導入前の思考の粗さが、導入後の実務の重さとして返ってくる。
だからこそ、ここは軽く見てはいけない。
有名だから、安いから、補助金対象だから。
それは導入に向けて必須の判断軸ではないのだ。
なぜ中小企業ではこうした順番の逆転が起きやすいのか
その理由の一つは、比較軸の不在にある。
自社の課題が十分に整理されていないとき、人は別の軸で判断するしかなくなる。
そのとき、もっとも頼りやすいのが、分かりやすい外部基準である。
有名だから安心だ。
大手でも使っているから間違い。
安いから始めやすい。
補助金対象だから今のうちに入れておいた方がよい。
知り合いの会社でも使っている。
営業担当が信頼できる。
画面が見やすい。
こうした基準は、情報としては理解しやすい。
他のツールとも比較もしやすい。
そして、判断した気持ちにもなれる。。。
だが、ここに大きな落とし穴がある。
それらはあくまで製品や外部条件の情報であって、自社の課題との関係を示すものではない。
有名でも、今の自社に合うとは限らない。
安くても、効果がないなら高い。
補助金対象でも、優先順位が低ければ意味がない。
周囲で使っていても、自社の業務構造が違えば参考にはならない。
それでも、こうした軸が使われやすい。
そこには誰の悪意も働いていないのだろう。
むしろ、判断の前提が整理されていないとき、人はそうした分かりやすい基準に寄らざるを得ないのである。
つまり問題は、個々の判断が浅いことではなく、
浅い判断しかできない状態のまま意思決定を迫られていること
にある。
ここが見落としてはいけないところだ。
中小企業DXの失敗は、誰か一人の注意不足で起きているのではない。
判断の前提が空白のまま、解決策の市場に入らざるを得ない構造の中で起きている。
だからこそ、ツールの話をする前に、判断の土台をつくる必要がある。
本当に問うべきなのは、どれが良いツールかではない
ここまで見てくると、問いそのものを変えなければならないことが分かる。
中小企業DXで最初に問うべきなのは、
どれが良いツールかではない。
どれが使いやすいかでもない。
どれが安いかでもない。
どれが補助金対象かでもない。
もっと手前に、もっと重要な問いがある。
そもそも、自社のどこに構造的な詰まりがあるのか。
そこを徹底的に理解した先に、初めてツールの話は意味を持ち始める。
逆に言えば、ここが見えていないのにツール比較から始めるのは、まだ地図がないのに移動手段を選んでいるようなものだ。
速い車を選ぶことはできるかもしれない。
燃費の良い車を選ぶこともできるかもしれない。
だが、どこへ向かうのかが曖昧なら、その選択は正解になり得ない。ギャンブルと同じかも知れない。
中小企業DXがうまくいかない理由は、ここにある。
導入そのものが間違っているわけではない。
ツールが無価値なわけでもない。
失敗の本質は、答えを考える前に、問いが整理されていないことにある。
だから、順番を戻さなければならない。
候補から入るのではなく、課題から入る。
導入から入るのではなく、見極めから入る。
比較から入るのではなく、構造理解から入る。
この順番に戻さない限り、DXは何度やっても似たような停滞にぶつかる。
まとめ
中小企業DXの失敗を、ツール選定のミスとしてだけ捉えるのは不十分である。
本来、導入前にやるべき事がやれていないということ、そしてそうした状況に陥りやすい構造が問題なのである。
本来なら、課題を見極め、優先順位を定め、そのうえで手段を選ぶべきである。
だが現実には、提案や補助金や導入候補が先に来てしまい、何を解くべきかが曖昧なまま、比較と導入が始まってしまう。
この思考プロセスの逆転が、目的の曖昧さを生み、運用の曖昧さを生み、評価の曖昧さを生み、最後には現場の負荷として返ってくる。
だから、最初に問うべきは一つである。
そのツールは本当に必要なのか。
そして、さらに重要なのは、その問いの前にある。
自社は何を解こうとしているのか。
なぜそれを今やるのか。
それは本当にツールで解くべきことなのか。
中小企業DXの失敗は、導入後に始まるのではない。
導入を考え始めた、その瞬間の順番の中に、すでに芽がある。
次回は、なぜ中小企業がこの順番の逆転に陥りやすいのかを、もう一段深く掘り下げたい。
問題は、経営者の能力不足ではない。
もっと構造的に、中小企業には判断を誤りやすい条件がそろっている。
そこを見ない限り、この失敗は何度でも繰り返される。


