中小企業DXの失敗の正体 ⑤

何から手をつけるべきか──優先順位を間違える会社、正しくつける会社

前回までで、DXの第一歩がシステム導入ではなく、何が本当の課題かを見極めることにあることが分かった。
経営者の困りごとは重要な出発点ではあるが、その言葉はそのまま課題を表してはいない。
業務の流れと情報の流れを見て、どこで滞り、どこで属人化し、どこで判断が止まっているのかを見極める。
そこまで行って初めて、本当の課題が見えてくる。

だが、ここで終わりではない。
むしろここからが、対応としては難しくなる。
なぜなら、課題が見えた瞬間、一気にやらなければならない事が増えて見えるからである。
営業にも手を入れたい。
採用も変えたい。
情報共有もしたい。
属人化もなくしたい。
現場の負荷も下げたい。
課題が見えるほど、全部をやりたくなってくる。

しかし、現実の中小企業では、そんなに多くを同時には変えられないだろう。
人も限られている。
時間も限られている。
現場の体力にも限界がある。
だからこそ、本当の意味でDXを前に進める会社と、途中で止めざるを得ない会社の差は、課題を見つけられるかどうかだけでは決まらない。
見つけた課題の中から、何を先にやるかを決められるかどうかで決まる。

この回で扱いたいのは、その優先順位づけである。
何をやるべきかではなく、何からやるべきか。
ここを感覚ではなく、合理的な判断としてどう考えるか。
ここが定まると、DXはようやく実装可能なものになってくる。

中小企業は、課題が多すぎるからこそ優先順位を誤りやすい

売上、人手不足、属人化、残業、情報共有・・・・・どれも重要に見える

多くの現場では、課題は一つではない。
どれも実際に起きていることであり、どれも軽く見てはいけない。

だからこそ、優先順位づけは難しい。
一つだけが間違いなく大問題で、他は後でよい、という状態はあまりない。
むしろ、複数の問題が連鎖している。
採用難は育成の弱さとつながっている。
育成の弱さは属人化とつながっている。
属人化は情報共有の弱さとつながっている。
情報共有の弱さは判断の遅さとつながっている。
そして判断の遅さは、売上や現場負荷にも跳ね返っている。
問題は独立して存在しているのではなく、絡み合って存在している。

この状態では、どれも大事に見える。
実際、大事である。
だから迷う。
どれを先にやればいいのか。
どれを後回しにしてよいのか。
何をやらないと、あとでより大きな問題になるのか。
ここで判断を誤ると、会社は一見いろいろやっているようで、実際には何も進まない状態に入りやすい。

さらに、課題が多いだけでなく、日常業務も止める訳にはいけない。
改善だけに集中できる余裕はない。
だから優先順位を誤ると、その影響は現場の混乱・疲弊としてすぐに現れてしまう。
大事だと思って始めた結果、
会議だけ増えた。
入力だけ増えた。
ルールだけ増えた。
気づくと、本業は相変わらず忙しいまま。

そうなってしまっては、DXや改善への信頼が落ちる。
これが、中小企業が優先順位づけに失敗したときの典型的な崩れ方ではないだろうか。

全部大事は、実質的には何も決めていないのと同じである

ここは少し誇張しても良いと思うのだが、
全部大事、という言葉は一見バランスがよく聞こえるが、判断としては危険である。
なぜなら、何からやるかといった考えが消えてしまうからである。

もちろん、本当にどれも重要なのだろう。
だが、限られた人員と時間の中で進める以上、すべてを並行して扱うことはできない。
にもかかわらず、全部大事だと言い続けると、実は大事でないものから扱うことになってしまう。
なぜなら、手をつけやすいものから始めてしまうから。
なぜなら、声の大きい人に引っ張られてしまうから。
なぜなら、その時にたまたま話題になっていたことが目立ってしまうから。
つまり、本来あるべき優先順位ではなく、目立ちやすさや空気感で順番が決まってしまうのであえる。

この状態では、会社はいつまでたっても変わらない。
小さな火消しは続くが・・・
重要な課題解決には届かない。
その結果、数か月後に振り返ると、いろいろ動いたのに本質は変わっていない、という事態になる。

優先順位とは、単に重要なものを並べることではない。
限られた資源の中で、何を先にやると全体が最も前に進むかを決めることである。
だから、全部大事という言葉は、丁寧さのように見えて、実際には選択を先送りしているのと同じである。
必要なのは、その先送りをやめることだ。

優先順位は、大きな問題から決めるものではない

インパクトが大きくても、今やるべきとは限らない

ここで、よくある誤解について理解を深めたい。
優先順位とは、最も大きな問題から着手することだ、と考えられがちである。
一見もっともらしい。
売上への影響が大きい。
リスクが大きい。
会社にとって重要だ。
だから最優先だ。
この考え方自体は自然である。

けれども、中小企業の現実では、それだけでは足りない。
重要性が高いことと、今やるべきことは必ずしも一致しないからである。

たとえば、会社の成長にとって採用力の強化が極めて重要だとする。
それは正しい。
だが、もし入社後の受け入れ体制が崩れていて、現場の教育も属人的で、業務分担も曖昧なままなら、今の段階で採用だけを強化しても、入った人がすぐ疲弊する可能性が高い。
この場合、経営インパクトが大きいのは採用だとしても、今やるべきなのは受け入れ構造や育成フローの整備かもしれない。

あるいは、営業力強化が最重要に見える会社でも、案件管理が混乱していて、情報共有や引き継ぎのルールが曖昧なら、新規開拓を強めても処理しきれず、現場の負荷だけが増えることがある。
この場合、売上に最も直結するのは営業でも、今やるべきなのは案件の流れを整えることかもしれない。

つまり、優先順位を決めるときは、重要性だけでなく、実行可能性、難易度、短期成果、ほかの課題への影響まで見なければならない。
いくら大きな問題でも、それに着手する土台が整っていなければ、失敗する確率は高い。
大きいから先にやる、という単純なものではない。

小さくても、波及効果の大きいテーマから着手した方が進む

中小企業で優先順位を考えるときに、特に重要なのは「初めの一歩」である。
最初に何を選ぶかで、その後の改善の進み方が大きく変わるからだ。

ここで大事なのは、直接的な効果の大きさよりも、波及効果である。
直接的な効果は小さく見えても、それが他の課題を解決するための土台になるなら優先度は高いと言える。

たとえば、情報共有のルール整備は、一見すると地味である。
売上に直接効くようには見えない。
だが、案件情報を共有する仕組みが整うだけで、営業の引き継ぎがしやすくなり、見積精度が上がり、打合せの回数が減り、教育もしやすくなる、と言ったことはよくある。
この場合、最初に整えるべきなのは、営業人員・体制の強化ではなく、情報共有のルール整備なのかもしれない。

また、中小企業では、最初の成功体験が極めて重要である。
現場が、確かに変わったと感じられること。
経営側が、これなら上手くいくかもと思えること。
この実感がないまま大きなテーマに突っ込むと、会社は本気になれず、改善そのものに疲れてしまう。

だから優先順位とは、派手なテーマを先に選ぶことではない。
最初にどこを動かせば、会社全体が次に進みやすくなるかを見抜くことである。
ここに、「最初の一歩」の重要性がある。

優先順位をつけるための視点

では、実際に優先順位をどう考えるか。
ここでは、中小企業が実務で使いやすい視点をいくつか考えてみた。

売上、利益への影響

まずは、売上と利益への影響である
その課題を解くことで、売上を増やせるのか。
利益率を改善できるのか。
取りこぼしている案件を減らせるのか。
既存顧客への対応品質が上がるのか。
この視点は、経営として外せない。

ただし、ここで重要なのは、先ほども述べたような直接効果だけを見るのではなく、間接的な効果を見ることである。
たとえば見積の精度向上は、単体で見ると地味だが、受注率や利益率にじわじわ効いてくる。
既存顧客フォローの仕組み化も、短期では見えにくいが、継続取引や紹介に効く。
売上、利益への影響を見るとは、単なる短期売上だけを見ることではない。
その改善が経営の数字にどうつながるかを考えることである。

時間削減、負荷軽減の効果

中小企業では、人手不足と忙しさが常態化しやすい。
だから、同じ人数でも回る状態をつくれるかどうかは非常に重要だし優先順位は高い。

どの業務に時間を使っているのか。
探す時間、確認する時間、手戻りする時間、転記する時間、待つ時間。
こうした時間が削減できるテーマは、現場にとっての実感が大きい。
しかも時間が浮けば、その分を営業や教育や改善など、別の重要領域に振り向けられる。

ここで大切なのは、単に作業時間を減らすだけでなく、確認や共有のための負荷を減らせるかを見ることだ。
何をどこで見ればよいかが分からない。
毎回確認しないと不安。
例外のたびに誰かに聞かないと進めない。
こうした状態は、時間だけでなく、思考の余力も奪っていく。
したがって、負荷軽減は生産性だけでなく、組織の健全性にも直結する。

属人化の解消

つづいて属人化の問題、
特定の人しか分からない。
その人がいないと止まる。
引き継げない。
新人が育たない。
この状態も、中小企業にとって非常に大きな構造的課題である。

属人化している仕事は、平常時は何とか回る。
だが、人が休む、辞める、異動する、忙しくなると、一気に不安定になる。
誰か一人が何とかしている状態では、会社としての再現性があるとは言えない。

だから、優先順位を考えるときには、そのテーマが再現性を高めるかどうかを見る必要がある。
誰でも同じようにできるのか。
役割が明確になるのか。
情報が残るのか。
引き継げるのか。
この観点は、短期の効率化以上に重要なことがある。
なぜなら、再現性が高まると、その後の改善も一気に進めやすくなるからである。

現場が受け入れられるか

つづいて、現場が受け入れられるかである。
これは実は、見逃されがちだが、軽く見てはいけないところである。
どれだけ合理的な施策でも、現場が協力してくれなければ必ず失敗する。

受けれられるかどうかというのは、好き嫌いの話ではない。
その改善が現場の仕事をどう変えるのか。
負担は増えるのか、減るのか。
例外に対応できるのか。
無理なく運用できるのか。
現場が、自分たちの仕事がよくなると実感できるのか。
これらの見極めが必要である。

中小企業では、現場の人数が少ないからこそ、現場にいる一人ひとりの納得感が成否を左右しやすい。
現場の協力が得られないまま進む改善は、導入直後は動いたとしても、絶対に長続きしない。
逆に、現場が共感したなかで行われる改善は一気に定着する!

優先順位とは、正しいものを選ぶだけではない。
続くものを選ぶことでもある。
その意味で、こん現場が受け入れるかどうか(受容性)はかなり重要な判断軸である。

次の改善につながる土台になるか

そして、先にも述べたが、その改善が次の改善につながる土台になるかである。
これは、中小企業にとって特に重要な視点である。

単発で便利になるだけの改善もある。
それ自体は悪くない。
だが、せっかく同じ労力をかけるのなら、その改善が次の変化の基盤にもなる方が価値は大きいのではないか。

たとえば、案件情報の整理が進めば、
営業管理にもつながる。
引き継ぎにもつながる。
顧客分析にもつながる。
教育にもつながる。
こうした基盤型の改善は、一つのテーマに見えて、実際には複数の変化の基盤となっている。

中小企業では、一つの打ち手の効果を、最大化しなければならない。
余裕がないなかでの打ち手なので、大企業以上にこの視点が重要である。

だから、今その課題を解くことが、次の改善の足場になるかどうかは、非常に重要な視点になる。
ここを考えた上で優先順位をつけると、改善が点ではなく面で効き始める。

優先順位とは、何をやるかではなく、何をやらないかを決めること

中小企業に必要なのは、全てをやることではなく、選択することである

ここまで見てきたように、優先順位づけは感覚的なことではない。
経営インパクトの大きさは?
負荷は軽減されるか?
再現性はあるか?
現場が受け入れられるか?
今後の土台になるか?
こうした複数の視点を重ねながら、何を先にやるかを決めていく。
それは立派な経営判断である。

そして、その本質は、何をやるかを決めることだけではない。
何をやらないかを決めることにある。

これができない会社は、常に全方向に手を打とうとしてしまう。
あれも必要、これも必要。
全部少しずつやる。

これでは、結果は全てが中途半端になる。
そして、現場は疲れる。
けれども、経営は進んでいる感覚を持っている。
そして、数か月後には何も変わっていないことに気づく。
こんな状態に陥りやすいのである。

だから、中小企業に必要なのは、全てをやることではない。
選択である。
今はこれをやる。
これはあとに回す。
これは今はやらない。
この線引きができて初めて、前に進めるのである。

やらないことを決めるのは勇気がいることである!
なぜなら、どれも問題であると分かっているから。

それでも、限られた資源の中で変化を起こすには選ぶしかない。
これがDXの実行力を左右する。

ただし、優先順位が決まっても、まだツールに飛びついてはいけない

しかし、またここで確認しておかなければいけない。
それは、優先順位が決まったからといって、すぐにツール比較に飛んではいけないということである。

最優先の課題が案件管理だと決まったとする。
その瞬間に、ではどの管理ツールを入れるか、という話に進みたくなる。早く動きたいという気持ちの表れでもあるので、非常に良く分かる。

だが、その前にまだ考えるべきことがある。

本当にツールで解くべきなのか。
業務フローの整理でかなり解けるのではないか。
役割分担の見直しで改善するのではないか。
人材補充の方が早いのではないか。
ここを見極めないと、また同じ失敗に戻る。

つまり、
優先順位づけとは、課題の順番を決めることであって、手段を決めることではない。
課題の順番が決まったあとに、初めて手段の比較が始まる。
この順番を守らない限り、せっかく見極めた課題も、また導入候補の話に飲み込まれてしまう。

ここが次の論点になる。
課題は見えた。
優先順位も決まった。
では、その課題を何で解くのか。
人なのか。
業務改善なのか。
外部人材なのか。
ツールなのか。
この手段選択をどう考えるかが、次に問われる。

まとめ

中小企業は、課題が多すぎるからこそ、優先順位を誤りやすい。
売上も大事。
採用も大事。
属人化も問題。
残業も減らしたい。
情報共有も改善したい。
どれも重要である。
だからこそ、全部大事という状態に留まると、実際には何も決められない。

優先順位とは、大きな問題から順に並べることではない。
経営インパクトの大きさ、負荷軽減の大きさ、再現性があるか、現場の受け入れやすさ、次の改善への基盤になるかなどを見ながら、今どこを動かせば全体が前に進むかを見極めることである。
そして本質は、何をやるかを決めることだけではない。
何を今はやらないかを決めることにある。

中小企業に必要なのは、全てをやることではなく、選択することである。
それができて初めて、DXは現実の経営の中で前に進む。

ただし、ここで終わりではない。
課題の優先順位が決まっても、まだすぐにツール比較へ進んではいけない。
その課題を、そもそも何で解くべきなのか。
人なのか。
業務改善なのか。
外部の知見なのか。
ツールなのか。
その手段選択を誤れば、また同じところで失敗する。

次回は、この点を掘り下げたい。
中小企業DXで本当に必要なのは、どのツールかを先に決めることではない。
その課題を、何で解くのが最も適切なのかを見極めることである。